一目見ただけで、すぐに分かった。
まだ高校生くらいの白く若々しい透明な肌に、整った目鼻立ちと優雅な振る舞いは、令和の人気男性アイドルの比ではない。

「ふふ。その名で呼んでよいのは、殿お一人だけにございましたね」

 キャバクラというところに、人生で一度は行ってみようと思い、行ったことがある。
安い店しか怖くて選べなかったおかげで値段相応の酷い接客だったが、あの口の悪いキャバ嬢ですらあっさりひれ伏すであろう美しさだ。
じっと見ていてはいけないと思いつつも、つい視線はその姿を追ってしまう。

「では私が、朝のお勤めを手伝い致しましょう。他の者は下がっていてよいですよ」

 何をどうしていいのか分からない状態で、唯一知っている人物に出会えたのはありがたい。
助かった。
少なくとも彼のことは信用していい。
織田信長についている、森蘭丸なのだから。

 すぐに数種類の派手な着物が運ばれてきて、今日はどれを着るのか選べと言われる。
仕方なく一番信長っぽそうなのを選んでみた。
着付けを手伝ってもらいながらも、襟元からうかがえる蘭丸の胸筋と首筋、腕のたくましい筋肉に、俺はビビリ散らかしていた。
一体なにがどうしてこうなった?

「朝餉の支度が整っております。こちらまで運びますか?」
「いえ。結構です。私の方からうかがいますよ」

 つい普通に答えてしまった俺を、蘭丸は不思議そうに見上げた。
しまった! 
俺はいま信長だから、言い方が……。

「それでは、案内いたします」

 焦った俺を確実に見ているはずなのに、彼はにこりと軽やかな笑みを浮かべると、極上の笑顔一つでさらりと聞き流した。
気遣いが過ぎて逆に怖いくらいの優雅さだ。

「こちらです」

 案内され部屋を出ると、渡り廊下のような所から広大な庭に面した廊下を歩く。
蘭丸を先頭に、俺の後ろには年寄りから幼子まで、様々な年齢の坊さんたちが付き従った。
広い庭の向こうに見える建物は、正方形にとんがった屋根をしていて、ここはやっぱり寺なんだと思った。
隅々まで手入れが行き届き、紙くずどころか鳥の糞ひとつ落ちていない日本庭園は、シンプルな趣きながらも、全てにおいて荘厳な感じがする。
俺の知るどんな寺とも違い、強固な要塞といった作りだ。
イメージは寺というより、簡素な城に近い。

「今回はいつもの妙覚寺ではなく本能寺にご滞在ですので、殿のご威光に恐れを成した僧侶たちが……」
「え?」

 蘭丸の、声まで美しいその響きが、そうでなくでも危うい正気を奪いにきた。

「え……。いま、なんつった?」
「今回はいつもの妙覚寺ではなく、本能寺にごた……」
「本能寺?」
「えぇ。本能寺にございます」
「本能寺って、ここが本能寺? 本能寺の、何月何日?」
「本日にございますか? 天正十年の、五月三十日にございます」
「五月!?」
「五月」
「三十日?」
「三十日にございます」

 ガバリとその場にしゃがみ込むと、俺は指折り日数を確認した。
この現象をもし異世界転生歴史タイムスリップというのなら、俺は直前に見た本能寺の変勃発の日である六月二日の、その三日前に信長に転生したことになる。

「マジか……」

 意識が遠のく。
強いめまいに襲われ、その場にバタリと倒れ込んでいた。