夜明けと共に起きだした俺は、招待客の接待に追われていた。
蘭丸をすぐ脇に置き、訪ねて来る人物一人一人を解説させる。
到底覚えきれる人数ではなかったが、今は仕方がない。
今後は彼らとの付き合い方も考えていかなければならないのだろう。
混雑する賑わいのなか、不意に蘭丸が耳打ちした。
「殿。本日の主賓である近衛前久さまがお越しになりました」
「近衛前久?」
「殿の盟友にございます。共に鷹狩りを楽しんでおいででした。太政大臣の職を辞されたばかりでございます」
「公家、というやつか」
「さようにございます」
ひときわ目立つ派手な格好をして現れた男は、武士ではなかった。
髷ではなく、頭に黒い羽根のついた帽子を被っている。
「信長殿!」
真っ赤な着物を着たその男は、にこにこと親しげに近づいてくる。
太政大臣って、確か総理大臣みたいなものだったよな?
「此度はこのような集まりにお招きいただき、有り難き幸せでございます」
彼が公家なら、身分的には武士である俺より上のはずだ。
それなのに大げさな身振り手振りで、深々と頭を下げる。
「真に信長殿の、今の栄華とこれからの繁栄を誇るにふさわしいばかりの茶会ですな」
媚びを売って這い上がろうとするタイプか。
そういう男は、俺に勢いのある間はついてくるだろうが、少しでも陰りを見せるとどう転ぶか分からない。
まだ光秀のことで気が気ではないが、これはこれで気を張る相手だ。
「ははは。そのようなお世辞など、前久殿と俺の間には不要のはず。今日は親しい身内ばかりを集めた気安い集まりです。心置きなく楽しまれよ」
茶会の作法など知ったことのない俺は、自分のやりたいように全てを動かした。
こうやって好き勝手に振る舞うことで、力を誇示しボロを出さずにすむ。
何よりも気が紛れた。
明日のことなど、今は忘れていたい。
光秀の言葉を考える時間など、なくていい。
周囲を取り囲む人間が俺の一言で慌てふためき、おろおろする様子を見ていることほど、面白いものはなかった。
自慢げに披露される茶碗を割り、気に入らない踊り手の女は、すぐにそこから引きずり下ろした。
よく分からない茶会などさっさと終わらせて、酒を用意させる。
主賓である赤服男の前久の席は、俺の真横に同列となって用意されていた。
それぞれに同じ豪華な料理が振る舞われていても、座る位置で序列が一目で分かるように出来ている。
俺はその一人一人を、間違いのないよう頭に叩き込んだ。
「信長どの。少し話してもよろしいか」
ずっと隣で腰を下ろし、俺の悪行をはやし立てていた前久が不意に耳打ちした。
「征夷大将軍の任について、に、ございます」
いつの間にか前久も、すっかり俺に敬語を使っている。
こういう男は、嫌いじゃない。
「ほう。それがどうした」
「信長さまがお望みなら、朝廷は関白でも太政大臣でもよいと申しております。私が今回ここへ来たのも、朝廷より信長さまの意向を確認してこいとのことでございまして……」
「は?」
征夷大将軍?
それって、鎌倉幕府とか室町幕府の、将軍さまってことだよな。
織田信長が将軍さま?
そんな未来が、あったのかもしれないのか。
「そのような話は、いまここですべきではないな」
明日がどうなるか分からないのに、そんな将来のことなんて考えられない。
もし俺が生き残り無事にこの運命を切り抜けられたなら、考えてみてもいいのかな。
信長として。
「ですが、信長殿の行く末を考えれば、いずれこの問題は避けて通れませぬ」
蘭丸が空いていた盃に新しく酒を注いだ。
「この国で天下をとるには、いずれ必要になるかと……」
秀吉は関白、家康は征夷大将軍だったよな。
じゃあ俺はなんだ?
ただのしがないサラリーマンだ。
「となると、俺は太政大臣か?」
「それをお望みなら、私が帝に直接掛け合いましょう」
「はは。この俺が天皇陛下にご挨拶か」
そんな夢みたいな現実が、本当にあるんだな。
この世のどんな女よりも美しい男が入れてくれた酒を喉に流し込む。
初夏のすっきりとした爽やかな酒の味が、全身に染み渡った。
「時期尚早だな」
そう言った俺に、前久は改まって姿勢を正し、頭を下げる。
座る姿勢も頭を上げるその仕草も、武士のそれとは違い、気品にあふれていた。
なるほど。
こういう男が、出来る男ってヤツなのかなー?
蘭丸をすぐ脇に置き、訪ねて来る人物一人一人を解説させる。
到底覚えきれる人数ではなかったが、今は仕方がない。
今後は彼らとの付き合い方も考えていかなければならないのだろう。
混雑する賑わいのなか、不意に蘭丸が耳打ちした。
「殿。本日の主賓である近衛前久さまがお越しになりました」
「近衛前久?」
「殿の盟友にございます。共に鷹狩りを楽しんでおいででした。太政大臣の職を辞されたばかりでございます」
「公家、というやつか」
「さようにございます」
ひときわ目立つ派手な格好をして現れた男は、武士ではなかった。
髷ではなく、頭に黒い羽根のついた帽子を被っている。
「信長殿!」
真っ赤な着物を着たその男は、にこにこと親しげに近づいてくる。
太政大臣って、確か総理大臣みたいなものだったよな?
「此度はこのような集まりにお招きいただき、有り難き幸せでございます」
彼が公家なら、身分的には武士である俺より上のはずだ。
それなのに大げさな身振り手振りで、深々と頭を下げる。
「真に信長殿の、今の栄華とこれからの繁栄を誇るにふさわしいばかりの茶会ですな」
媚びを売って這い上がろうとするタイプか。
そういう男は、俺に勢いのある間はついてくるだろうが、少しでも陰りを見せるとどう転ぶか分からない。
まだ光秀のことで気が気ではないが、これはこれで気を張る相手だ。
「ははは。そのようなお世辞など、前久殿と俺の間には不要のはず。今日は親しい身内ばかりを集めた気安い集まりです。心置きなく楽しまれよ」
茶会の作法など知ったことのない俺は、自分のやりたいように全てを動かした。
こうやって好き勝手に振る舞うことで、力を誇示しボロを出さずにすむ。
何よりも気が紛れた。
明日のことなど、今は忘れていたい。
光秀の言葉を考える時間など、なくていい。
周囲を取り囲む人間が俺の一言で慌てふためき、おろおろする様子を見ていることほど、面白いものはなかった。
自慢げに披露される茶碗を割り、気に入らない踊り手の女は、すぐにそこから引きずり下ろした。
よく分からない茶会などさっさと終わらせて、酒を用意させる。
主賓である赤服男の前久の席は、俺の真横に同列となって用意されていた。
それぞれに同じ豪華な料理が振る舞われていても、座る位置で序列が一目で分かるように出来ている。
俺はその一人一人を、間違いのないよう頭に叩き込んだ。
「信長どの。少し話してもよろしいか」
ずっと隣で腰を下ろし、俺の悪行をはやし立てていた前久が不意に耳打ちした。
「征夷大将軍の任について、に、ございます」
いつの間にか前久も、すっかり俺に敬語を使っている。
こういう男は、嫌いじゃない。
「ほう。それがどうした」
「信長さまがお望みなら、朝廷は関白でも太政大臣でもよいと申しております。私が今回ここへ来たのも、朝廷より信長さまの意向を確認してこいとのことでございまして……」
「は?」
征夷大将軍?
それって、鎌倉幕府とか室町幕府の、将軍さまってことだよな。
織田信長が将軍さま?
そんな未来が、あったのかもしれないのか。
「そのような話は、いまここですべきではないな」
明日がどうなるか分からないのに、そんな将来のことなんて考えられない。
もし俺が生き残り無事にこの運命を切り抜けられたなら、考えてみてもいいのかな。
信長として。
「ですが、信長殿の行く末を考えれば、いずれこの問題は避けて通れませぬ」
蘭丸が空いていた盃に新しく酒を注いだ。
「この国で天下をとるには、いずれ必要になるかと……」
秀吉は関白、家康は征夷大将軍だったよな。
じゃあ俺はなんだ?
ただのしがないサラリーマンだ。
「となると、俺は太政大臣か?」
「それをお望みなら、私が帝に直接掛け合いましょう」
「はは。この俺が天皇陛下にご挨拶か」
そんな夢みたいな現実が、本当にあるんだな。
この世のどんな女よりも美しい男が入れてくれた酒を喉に流し込む。
初夏のすっきりとした爽やかな酒の味が、全身に染み渡った。
「時期尚早だな」
そう言った俺に、前久は改まって姿勢を正し、頭を下げる。
座る姿勢も頭を上げるその仕草も、武士のそれとは違い、気品にあふれていた。
なるほど。
こういう男が、出来る男ってヤツなのかなー?



