恋敵と傷心旅行へ行くことになりました。

 ふたりで飲んだあの日以来、柊真と過ごすことが増えた。
 昼食も一緒に摂ったし、講義も並んで受けた。時々は飲み屋に行って他愛ない話をした。別に打ち解けたというわけではない。ただ、どちらも手持無沙汰なだけだったんだと思う。
 則正を挟んで三人でいた時間。自分達は則正という惑星を中心に回る衛星みたいなものだったから。母星を失ってひとりぼっちで宇宙空間に取り残されることに、心許なさを覚えていたのかもしれない。
 その日もいつも通りふたりで学食にいると、不意に柊真が口を開いた。
「昨日、衝撃的なことがあって」
 こんがりと焼かれた焼き魚から、柊真の手によって、標本みたいに綺麗に骨が取り除かれていく様を見るともなく見ながら、双葉はカニクリームコロッケを口に運ぶ。
「秋信でも衝撃とか思うことあるの」
「お前は俺をなんだと思ってるわけ」
 苦い顔で柊真はほぐし終わった魚を口に運ぶ。次いで白米を口に入れ、しっかり噛みしめ、飲み込んだ後に味噌汁をすする。話題を振っておいて放置か、と呆れたが、柊真らしいマイペースさに笑ってしまった。
「話しかけておいて間、空けすぎ」
「興味なさそうだったし、もういいかと思ったんだけど。聞く?」
「……聞いてやるから話せよ」
 面倒臭いやつだなあ、と肩をすくめながら促すと、柊真は味噌汁のお椀を置いて、テーブルの上にあったポットから湯呑にお茶を注ぎつつ語りだした。
「なんか、ほら、アカデミックな番組で、マスコットキャラクターみたいなのが出てきて、難しい話題に視聴者目線で相槌打つみたいなの、わかる?」
「ん? あー、あるな、確かに。対して言葉は話さないんだけど、ここぞというときに鳴き声あげるの。あれでちょっと癒されたりする」
「そうそれ。あれって、音声をあらかじめ録音して要所要所で流してるんだと思うんだけど、この間いきなり『きゅーちゃんの声の〇〇さんがお越しくださいました〜』って突然人間が出てきて」
「ほほー」
 のんびりと合の手を入れると、柊真は顔をしかめながら身を乗り出してきた。
「これからも当番組をよろしくお願いします、きゅー♪ って人間の顔で言われて。めちゃくちゃ衝撃だった」
「それのどこが衝撃? よくある話じゃん。まさかきゅーちゃん?が生きて存在してるとか思ってたわけじゃないだろ」
 こいつはやっぱりちょっと変わっている。キャベツを頬張りながら柊真を見ると、柊真は難しい顔をしながら湯呑を持ち上げた。
「もちろん本物の鳥じゃないことくらいわかってたけど。でも、ないか? わかっていても見たくないものがある感じ。石鈴ならわかってくれる気がしたんだけど」
 石鈴なら。
 こいつはどういう意味でそう言うのだろう。こいつにとって今、自分はどんな位置にいるのだろう。
 それが気になったけれど、訊ける類のことでもない。なんだかなあ、と今のこの状況に首を捻りつつ、双葉は柊真の台詞を反芻する。特に、わかっていても見たくないもの、を。
 それなら、テレビの中じゃなく、身近にある。
 柊真の肩のずっと向こうをさりげなく眺め、双葉は茶碗を持つ手に力を込める。
 今日も彼らは一緒にいた。学内だからさすがにカップルの距離ではないけれど、それでも則正がなにかを言い、それに畑中が笑い転げている様子が遠目からでも窺えた。
 則正が楽しそうにしている。それは太陽が今日も輝いているのと同じくらい当たり前で、続いてほしいことだ。だから喜ぶべきなんだと思う。思うのに、彼の笑顔がそばにあったときはいつまでもその陽光を浴びていたいと願っていたはずが、太陽の恩恵が受けられないと悟ると掌を返すように、わずかに垣間見える光めいた笑顔さえも痛いと感じてしまう。
 しかも、そんなに痛いなら見なければいいのに、無意識に目で追っている。暗がりにあっても光があると感じればそちらを向いてしまう向日葵みたいだ。
……なあ、どうして畑中とばっかりいるんだよ。なんで、こっち見てくれないんだよ。
 言えるわけもない言葉が胸の中で渦巻く。
 重症としかいえない。
「もうなんか……光なんて全く見えない、絶望感はんぱないホラー映画、観たい気分……」
 前後の脈絡なくぽろっと零れた言葉をどう思ったのか、柊真は黙ってお茶をすすっている。
 ただ、多くは語らずとも双葉がなにを見てそう言ったのか、柊真にはお見通しなのだろうなと感じた。
 ああ、女々しい。目の前のこいつは弱音なんて一切吐かないのに。
 聞かなかったことにして、と言いかけた。その双葉を制するように、ことん、と薄っぺらいプラスチックの湯飲みがテーブルに置かれる。
「観る? 今夜。うちで」
「え」
 まさか普通に返されると思っていなかった。きょとんとすると、柊真は淡々とした顔で言った。
「実家から野菜送ってきてて、今日、鍋にしようと思ってたから。どう?」
「あー……」
 則正が一緒のときは何度も行ったことがある柊真の部屋だったが、則正と距離ができてからは訪れていなかった。
 少し躊躇した。ふたりでいることが増えて前ほどこいつのことを嫌いとも腹が立つとも思ってはいなかったけれど、こいつはどうなのだろう、と気になった。
 まあ、結構好きとは言ってくれたし、嫌ではないのだろう。そうは思うけれど、自宅に招きたくなるほど親密かというとそこまででもないような。
 が、こちらに向けられた柊真の顔が冷静そのものなのを見ていたら、気を回しすぎる自分にうんざりしてきた。向こうから誘ってきたんだし、こっちがいちいち悩むのもおかしい。
「行く」
 短く答えると、適当に準備しておくから十八時ごろ来い、と事務的に命じられ、やっぱりちょっとだけむかついた。