恋敵と傷心旅行へ行くことになりました。

 則正からカムアウトされてから数日。まさかこんなにも状況が変わるとは思っていなかった。
 否定されたくない、拒絶されたくない、と則正は涙ながらに言っていたし、あの告白は今まで通りの関係を続けたいからこそなされたのだと信じ切っていたために。
 しかしあの夜以来、距離を置き始めたのは則正のほうだった。
「避けられてる、のかな」
 いつもなら当然のように隣に滑り込んでくる則正は、今日も教壇にほど近い席に座っている。
「そういうんじゃないだろ」
 これまでだったら則正が座っていた場所に腰掛けた柊真が、投げ出すように言った。
「付き合いたての恋人がいたら、友達よりそっちと一緒にいたいもんじゃないの?」
 柊真の言葉通り、則正の隣には畑中保がいた。講義前の人声が満ちる室内で、スマホでなにか動画でも見ているのか、頭をくっつけて笑い合っている。
「恋人かあ」
 わからなくはない。双葉だって則正とふたりだけでいたいとどれほど願ってきたことか。
 しかし現実にふたりきりになった相手は……こいつだ。
「なんでお前、隣座ってくんの」
 八つ当たりでしかないが当たるところもなくてそう言うと、柊真は無表情に、メリットあるから、と答えた。
「お前も俺も友達少ないし。教授の言ってたこと聞き逃したとき便利だから隣に座ってる」
 いっそ清々しいほどの利己的回答だ。なんだかなあ、と机にうつ伏した双葉の前に、唐突に数枚の紙が投げ出された、前髪を掠めて置かれたそれを手探りで取り上げ、目だけ上げて確かめると、なぜか居酒屋のクーポン券だった。
「なにこれ」
「バイト先でもらったやつ。そうだ、石鈴、誕生日いつ?」
「は? なに。いきなり。八月八日だけど」
「八月、八日」
 いきなり柊真が吹き出した。こいつがこういう顔をするのは初めてで、ちょっとびびってしまった。
「なに。なんで笑うの」
「いや、だって。名前双葉で八月八日って。はまりすぎだなあと」
「うるさいな。ってか誕生日がなに」
「二十歳になってるかどうか気になっただけ。居酒屋で酒抜きなのも味気ないだろ」
「居酒屋自体は好きだよ。飯美味いし」
「それは同感。まあそれはいいとして……今日夜、暇?」
 あっさりと頷いてから柊真は、流れ作業みたいにシンプルに問いかけてきた。あまりにいきなりすぎて固まると、顔をしかめられた。
「別に取って食ったりしない。食べるのはせいぜいししゃもとかだし巻き卵だけだ。安心しろ」
「……冗談が宇宙レベルすぎて意味不明なんだけど。なんで俺とお前が飲みに行く感じに?」
「則正のこと」
 名前が投げ込まれ、双葉は思わず体を起こす。片肘で頬杖を突きながら柊真は前方を眺めている。今も楽しげにお互いの肩を肩で突き合っているふたりを。
「話したいなと思っただけ。石鈴と」
 ぎゅいっと心臓が大きく身をよじった。
 話したところで解決なんてしない。そもそも相手は気が合わないやつ選手権をしたらぶっちぎりで一位になりそうなこいつだ。誘いに乗る理由なんてまるでない。
 ただ少し、知りたいとは思っていた。
 柊真が則正の告白に対して、どう感じているのかを。幼馴染としてなのか、それとも。
「いいよ」
 頷くと、柊真は特別嬉しくもなさそうに、うん、と頷いてからスマホをいじり始めた。
 隣から立ち上がって別の席に移る気はなさそうだった。