合流してから二時間と少し。運転に慣れているドライバーだったらそれほど苦でもない距離だろう。けれど免許取り立ての初心者ドライバーからするとまあまあの苦行だったらしい。鳥羽インターチェンジを過ぎたころには、ハンドルを握る柊真の全身は悲壮ともいえる、緊迫感に覆われていた。
触るな、危険、と札をつけたくなるほどだ。
「な、なあ……大丈夫?」
さすがに心配になって声をかけると、うん、と大丈夫さのかけらもない声が返ってきた。
「一番恐ろしいところはとりあえずクリアしたからもういい」
高速道路での運転がよほどしんどかったようだ。ナビにあらかじめ入力していた通り、一般道を走り、駅近くの駐車場に車を乗り入れたところで、柊真はだらりと脱力する。
「これ、飲めよ。水分」
慌てながら、ペットボトルのキャップを外して彼に渡してやると、疲れた顔でシートにもたれていた柊真が、ふっと息を吐いた。ゆらり、と手が伸び、ペットボトルを受け取る。
「ありがと」
運転しているときのようなささくれた声とは似ても似つかぬ、力ない声だ。よっぽどつらかったのか、と双葉は肩をすぼめた。
「ごめん。全部運転させて。俺、免許、まだないし」
そうだよ、お前も免許持ってれば、交代で運転できたのに。
多分、そう言われるよな、と覚悟しつつ言う。実際、運転中の柊真は機嫌がめちゃくちゃ悪かった。いつもの高慢かつ冷淡な態度を思えば、むしろ通常運転と言えるかもしれないが。
「高速、大変だったよな。ありがと」
それでもこう言ったのは、社交辞令みたいなものだ。別にこいつと旅行に来たかったわけじゃない。たまたまこいつと自分の波長が合っただけだ。学校でも、バイト先でもない、非日常に逃げてしまいたいなあ、と思ったタイミングが同じだっただけ。ただ、双葉ひとりではこの決断はできなかったと思う。自分は柊真ほど行動力がないし、どこか遠くへ行きたいなあ、と思ったとしてもぐずぐずしてしまって結局、心を腐らせるばかりだったろうから。その意味で、誘ってもらえて感謝しているのだ。だからこそ、社交辞令だって言うし、折れもする。ペットボトルのキャップだって開けてやる。
柊真は黙ってお茶を飲んでいる。相変わらず嫌味なほど整った顔をしているが、屋内駐車場の暗がりの中だからと言い切れないくらいその顔色は青かった。具合悪そうだなあ、と身を縮めていると、お茶を飲み終わった柊真が身じろぎした。ペットボトルを車のドアポケットに差し込んでふっと息を吐く。
「別に、いい」
「……は?」
「免許。取ろうが取るまいが本人の自由だし、そもそも金かかる話だし。取ってないからどうとかこうとか、俺が言うのは間違ってると思う」
大体、と言う声と共に運転席のドアをぱたり、と開け、一瞬だけ柊真はこちらを見た。
「一緒に来てと言ったのは俺だし。気にすんな」
「は……」
そのまま答えを求めない俊敏さで柊真は車を降りてしまう。慌てて後に続きながら、双葉は確信する。
やっぱり、そうだ。
いつもの柊真と違う。少し前から態度が変わってきたと思ってはいたけれど、今日は特にそれを感じる。というより、自分もそうだ。前ほどあいつにむかつかない。
間に則正がいないとこうも変わってしまうものなのだろうか。
だがそれだけでは言い尽くせないものもあるように思う。だってあのとき、柊真は。
「石鈴」
思考を破るように、ピ、と音を立てて車のロックがかかる。先に立って歩く柊真が、キーを無造作にコートのポケットに押し込みながら双葉を呼んだ。
「行こう。腹、減ったろ」
確かに朝からなにも食べずにここまで来た。返事をする前に腹が、ぐう、と言う。
体は正直だな、とその音を聞きながら肩をすくめる。動くのも面倒臭いと思っていたはずなのに、腹が減るとか眠くなるとか……そういうのだけは忘れてくれないのだから。
「お前は、減ってないの」
そう尋ねてしまったのは、自分ばかりが生理現象に忠実で単細胞と思われていそうで嫌だったからだ。則正がいなくてもつい癖で突っかかってしまう自分に呆れながら問う双葉を、柊真はいつもみたいにうざったそうな顔をして見返す。
その彼の表情を見て、なぜかほっとした。
気分を変えたくてここまで来たけれど、顕著すぎる変化を受け入れることを、心がまだ拒否しているのかもしれない。
「腹の減らない人間はいない」
放り投げるみたいに言い、柊真は先に立って歩きだす。
腹減ったって素直に言えよ、と溜め息をつきながら双葉は足を早めた。
触るな、危険、と札をつけたくなるほどだ。
「な、なあ……大丈夫?」
さすがに心配になって声をかけると、うん、と大丈夫さのかけらもない声が返ってきた。
「一番恐ろしいところはとりあえずクリアしたからもういい」
高速道路での運転がよほどしんどかったようだ。ナビにあらかじめ入力していた通り、一般道を走り、駅近くの駐車場に車を乗り入れたところで、柊真はだらりと脱力する。
「これ、飲めよ。水分」
慌てながら、ペットボトルのキャップを外して彼に渡してやると、疲れた顔でシートにもたれていた柊真が、ふっと息を吐いた。ゆらり、と手が伸び、ペットボトルを受け取る。
「ありがと」
運転しているときのようなささくれた声とは似ても似つかぬ、力ない声だ。よっぽどつらかったのか、と双葉は肩をすぼめた。
「ごめん。全部運転させて。俺、免許、まだないし」
そうだよ、お前も免許持ってれば、交代で運転できたのに。
多分、そう言われるよな、と覚悟しつつ言う。実際、運転中の柊真は機嫌がめちゃくちゃ悪かった。いつもの高慢かつ冷淡な態度を思えば、むしろ通常運転と言えるかもしれないが。
「高速、大変だったよな。ありがと」
それでもこう言ったのは、社交辞令みたいなものだ。別にこいつと旅行に来たかったわけじゃない。たまたまこいつと自分の波長が合っただけだ。学校でも、バイト先でもない、非日常に逃げてしまいたいなあ、と思ったタイミングが同じだっただけ。ただ、双葉ひとりではこの決断はできなかったと思う。自分は柊真ほど行動力がないし、どこか遠くへ行きたいなあ、と思ったとしてもぐずぐずしてしまって結局、心を腐らせるばかりだったろうから。その意味で、誘ってもらえて感謝しているのだ。だからこそ、社交辞令だって言うし、折れもする。ペットボトルのキャップだって開けてやる。
柊真は黙ってお茶を飲んでいる。相変わらず嫌味なほど整った顔をしているが、屋内駐車場の暗がりの中だからと言い切れないくらいその顔色は青かった。具合悪そうだなあ、と身を縮めていると、お茶を飲み終わった柊真が身じろぎした。ペットボトルを車のドアポケットに差し込んでふっと息を吐く。
「別に、いい」
「……は?」
「免許。取ろうが取るまいが本人の自由だし、そもそも金かかる話だし。取ってないからどうとかこうとか、俺が言うのは間違ってると思う」
大体、と言う声と共に運転席のドアをぱたり、と開け、一瞬だけ柊真はこちらを見た。
「一緒に来てと言ったのは俺だし。気にすんな」
「は……」
そのまま答えを求めない俊敏さで柊真は車を降りてしまう。慌てて後に続きながら、双葉は確信する。
やっぱり、そうだ。
いつもの柊真と違う。少し前から態度が変わってきたと思ってはいたけれど、今日は特にそれを感じる。というより、自分もそうだ。前ほどあいつにむかつかない。
間に則正がいないとこうも変わってしまうものなのだろうか。
だがそれだけでは言い尽くせないものもあるように思う。だってあのとき、柊真は。
「石鈴」
思考を破るように、ピ、と音を立てて車のロックがかかる。先に立って歩く柊真が、キーを無造作にコートのポケットに押し込みながら双葉を呼んだ。
「行こう。腹、減ったろ」
確かに朝からなにも食べずにここまで来た。返事をする前に腹が、ぐう、と言う。
体は正直だな、とその音を聞きながら肩をすくめる。動くのも面倒臭いと思っていたはずなのに、腹が減るとか眠くなるとか……そういうのだけは忘れてくれないのだから。
「お前は、減ってないの」
そう尋ねてしまったのは、自分ばかりが生理現象に忠実で単細胞と思われていそうで嫌だったからだ。則正がいなくてもつい癖で突っかかってしまう自分に呆れながら問う双葉を、柊真はいつもみたいにうざったそうな顔をして見返す。
その彼の表情を見て、なぜかほっとした。
気分を変えたくてここまで来たけれど、顕著すぎる変化を受け入れることを、心がまだ拒否しているのかもしれない。
「腹の減らない人間はいない」
放り投げるみたいに言い、柊真は先に立って歩きだす。
腹減ったって素直に言えよ、と溜め息をつきながら双葉は足を早めた。



