冬は日が落ちるのが早い。
暗闇に沈む車窓を眺め、双葉は溜め息をつく。
「なんかさ、ガイドブック見るとこの辺り、ドライブコースで景色いいらしいんだけど」
「うん」
「まっっくらでなんにも見えない!」
窓ガラスの向こうは見事に闇。張りついた自分が鏡のようにくっきりと映るほかは、ちらほらと民家の明かりが見えるばかりで、楽しめる要素がまるでない。それこそホラー映画の世界だ。
「出そう。マジで。日本国憲法通じない国へ迷い込みそう。知らない? ほら、映画にもなったじゃん。都市伝説でさ、一度入ったら生きては帰れない村。日本各地にあるよな。この辺りにはないよな。大丈夫だよな……」
「お前はその話をなぜ今する」
めちゃくちゃ嫌そうな顔で柊真が言う。運転中に聞かせる話じゃなかった。ちょっと悪乗りしすぎたかもしれない、と双葉は大人しく引き下がった。
遊覧船を降り、そのまま伊勢市へと車で走り出すはずだったのに、土産物屋を見たいと双葉が言ったために、予定していた出発時間から随分遅れてしまったのだ。自分のせいなのであまりぐだぐだは言えない。言えないが。
「鳥羽駅の近くに江戸川乱歩館あったんだ。行きたかった……」
「石鈴、江戸川乱歩、好きなの?」
窓の外を流れていく街灯の明かり頼りにガイドブックを眺めながらぼやくと、運転席で柊真が意外そうな顔をした。その彼に向かい、双葉は、うーん、と唸る。
「いやー、マナプラでドラマ観たくらい」
「なんかやってたっけ」
「八墓村」
「それは……江戸川乱歩じゃない。横溝正史」
くっくっと笑い声と共に肩が揺れる。朝、鳥羽まで来るときは頬がばりばりになりそうな空気が隣から漂ってきていたのだが、運転に慣れてきたのか、柊真の表情は柔らかい。
「まあ、行けなかったけど、俺も気になってたし、また……」
そこまで言ってふっと柊真が口を噤む。その理由が双葉にもわかった。
また、なんて、気軽に言っていい旅じゃないのだから。
ああ、この空気、どうしよう、と途方に暮れながら窓の外を見て、双葉は仰天した。
「わ!」
「え! なに」
よほど驚いたのか、淡いブルーの車体が揺れる。幸い、後ろについてきている車はいなかったが、いたらびっくりされただろう。
「ごめん! いや、だって今、サルが!」
「サル?」
ちらっと柊真がバックミラーを確認する。が、なにも見えなかったのか眼球を滑らせてこちらを見た。
「いないけど」
「いたの! まあまあデカいやつ! うわ〜、写真撮ればよかった。なんか白線の中歩いてた」
「なんて賢い」
感嘆し、柊真はハンドルを切る。険しいとまでは言わないが、まあまあに曲がりくねった道だ。すでに日が暮れているので、この先の道がどうなっているかは、ライトの光を忠実に打ち返してくれる反射板が頼りだ。
「この暗さじゃ、白線の向こう歩いててくれないと轢いてしまう」
「サルもそれ、わかっていたりするのかな」
「どうだろう。でもそうであってほしいな。人間のせいでしなくていい気遣いをさせて申し訳ないけど」
申し訳ない、か。こいつはなんだかんだ言って優しいやつなんだな、とぼんやり思っていると、ところで、と柊真が声の調子を変えた。
「残念なお知らせがある」
「なに。え、まさかガス欠とか言わないよな」
近くにスタンドがあればいいけれどどうだろう。はらはらしている双葉に告げられたのは、実に他愛ないお知らせだった。
「夕飯。ホテル素泊まりにしちゃったから適当にどこかで食べなきゃって思ってたんだけど、貧乏学生であるところの俺たちには予算が限られている。毎食豪華にというわけにはいかない」
なんだ、そんなことか。真面目な顔で言うからびびってしまった。双葉は肩の力を抜き、シートに体重を深く預ける。
「改めて言うな。何事かと思うじゃん。いいよ、適当にコンビニとかだって。イセエビ食べるほどめでたい旅じゃないんだから贅沢言わないよ」
「めでたい旅じゃない」
繰り返す柊真の表情がすっと陰る。あれ、と思っている間にトンネルに入った。ちかちかと不安定に車内が明滅する中で柊真が気を取り直すように言った。
「じゃあ、まあ、最悪、お前が買ってきたイセエビチップスを夕飯ってことにしようか」
「お菓子はご飯ではない……」
よかった、明るく返してくれた、とほっとしつつ軽口で応酬し、双葉はガイドブックを持つ手に力を込めた。
気のせいじゃない。少しずつ、少しずつだが、空気が変わってきている。それが自分のせいなのか、柊真のせいなのか、よくわからないけれど、徐々に濃くなる違和感に意味なく身じろいでしまう。
自分たちはどうしてしまったのだろう。
小さく息を吸って吐くと、大丈夫? と声がかけられた。
「酔った? 暖房切ろうか」
ハンドルから片手を離した柊真がエアコンのスイッチに手を伸ばす。そうじゃない。慌てて止めようとするが、はずみで柊真の手を思いっきり掴んでしまった。
「あ」
冷えた手の甲の感触が掌にじんわりと沁みてくる。冷た、と言葉で理解するより早く、双葉は手を放した。が、掌の温度とは裏腹に、心臓はどくどくと熱い血流を顔に向かって噴き上げてくる。
「わ、あの、ごめん」
「……いや」
短く言い、柊真はエアコンのスイッチを切る。吹き付けていた温風はなくなったが、顔は熱いままだ。俺おかしい、と動揺しつつ、双葉はそろそろと右手を左手で包む。掌にはまだ、触れた柊真の手の冷たさが残っていた。
「お前、さ」
今は冬だ。手が冷たいのもわかる。でも暖房は効いていたし、ここまで冷たい理由は……。
「あの、まだ、緊張してるの?」
「緊張?」
「運転」
ハンドルを握る彼の手に視線を当てながら双葉はそっと声を落とす。
「手、冷たかったから。やっぱり、怖い?」
「ああ、うん。それはまあ」
曖昧に頷いた柊真がハンドルをきゅっと強く握ったのが手の動きでわかった。
「不注意で誰かを殺しかねないのが運転だから、怖いは怖い。夜道にも慣れてはいないし。それに」
「それに?」
問い返す双葉を見ず、柊真は静かに言葉を紡ぐ。
「隣にお前、乗せてるし。なんかあったら絶対に後悔する自信がある」
その瞬間の気持ちをどう言えばいいのだろう。別に特別な意味で言ったわけではないのだろうに、胸の奥がきゅっと収縮してしまう。
これじゃなんだか、好き、みたいじゃないだろうか。
そんなわけはない、と双葉は急いで否定する。こいつと自分は同じ人を好きになった恋敵だ。その恋敵相手に恋をするなんてことあり得ない。
普段と違う環境が気持ちを昂らせて感覚を誤作動させているだけだ。そうに違いない。
「じゃ、じゃあ、運転してくれるお礼に、夕飯は俺が奢るから!」
大声で言うと、ええ? と柊真が目を瞬いた。前方を見たままの顔がふっと綻ぶ。
「貧乏学生なのに」
「うるさい。有難く奢られろよ」
一言多いんだよ馬鹿、と文句を言う双葉に、軽く頭を下げた柊真が軽口を叩いて寄越す。
「じゃあ、イセエビ、食べさせてもらおうかな」
「任せろ……いやまあ、イセエビチップスになるかもだけど」
が、もちろんイセエビは食べさせてあげられなかった。お菓子=夕飯にもならなかった。
「伊勢に来て、これを食べることになるとは」
押し殺した声で笑いながら柊真は丼の中を覗き込む。中にあるのは湯気が上がるほかほかの牛丼。双葉と柊真の自宅そばにも普通にあるチェーン店のものだった。
「もしかして嫌い?」
そろそろと問うと、いいや、と笑顔で首を振られた。いただきます、と神妙に手を合わせた彼は、ふかふかとした牛肉達の間に慎重に箸を差し込む。
「めっちゃ、美味い」
満足気に牛丼を食む柊真とカウンターで横並びに座りながら、双葉も箸を伸ばす。
たくさん歩いて疲労しているからなのか、いつも以上に沁みる味だった。
牛丼のおかげで、非日常だったはずの旅に日常が混じる。ぎこちなかったふたりの間の空気がゆっくりと淡く溶け合っていく。空気に色なんてついていないけれど、手を触れたら傷だらけになりそうな針色だった世界が、射しこむ光によって黄金色の草原へと変わっていくみたいに、と言ったら言いすぎだろうか。
けれど、こうして牛丼を食べているこの今の気持ちを一言で表すならこれのような気がする。
「幸せ、かも」
ふっと柊真が顔を上げる。あ、と思った。今のは不用意だったかもしれない。傷心旅行で幸せなんて口にするのは明らかに変だ。
「あー、えと」
どうしよう。どう言えば、言い繕えるだろう。別に牛丼が美味かっただけだ。それだけなのだ。ただ、ただ……ただ、なんだろう?
自分で自分がわからずおろおろしている双葉の横で、柊真はなにも言わなかった。ただ黙々と牛丼を口に運び続け、ことん、と丼を置く。見ると、米粒一つ残さず完食していた。
「早食いは……よくないんだぞ」
照れ隠しから今言わなくてもいい小言が口から飛び出してしまった。柊真は湯呑を唇に当てながら肩をすくめている。
この空気、気まずい、と焦る。あの、と口を開きかけたときだった。
ふっと柊真の唇が綻んだ。そして。
「幸せだったから、つい」
暗闇に沈む車窓を眺め、双葉は溜め息をつく。
「なんかさ、ガイドブック見るとこの辺り、ドライブコースで景色いいらしいんだけど」
「うん」
「まっっくらでなんにも見えない!」
窓ガラスの向こうは見事に闇。張りついた自分が鏡のようにくっきりと映るほかは、ちらほらと民家の明かりが見えるばかりで、楽しめる要素がまるでない。それこそホラー映画の世界だ。
「出そう。マジで。日本国憲法通じない国へ迷い込みそう。知らない? ほら、映画にもなったじゃん。都市伝説でさ、一度入ったら生きては帰れない村。日本各地にあるよな。この辺りにはないよな。大丈夫だよな……」
「お前はその話をなぜ今する」
めちゃくちゃ嫌そうな顔で柊真が言う。運転中に聞かせる話じゃなかった。ちょっと悪乗りしすぎたかもしれない、と双葉は大人しく引き下がった。
遊覧船を降り、そのまま伊勢市へと車で走り出すはずだったのに、土産物屋を見たいと双葉が言ったために、予定していた出発時間から随分遅れてしまったのだ。自分のせいなのであまりぐだぐだは言えない。言えないが。
「鳥羽駅の近くに江戸川乱歩館あったんだ。行きたかった……」
「石鈴、江戸川乱歩、好きなの?」
窓の外を流れていく街灯の明かり頼りにガイドブックを眺めながらぼやくと、運転席で柊真が意外そうな顔をした。その彼に向かい、双葉は、うーん、と唸る。
「いやー、マナプラでドラマ観たくらい」
「なんかやってたっけ」
「八墓村」
「それは……江戸川乱歩じゃない。横溝正史」
くっくっと笑い声と共に肩が揺れる。朝、鳥羽まで来るときは頬がばりばりになりそうな空気が隣から漂ってきていたのだが、運転に慣れてきたのか、柊真の表情は柔らかい。
「まあ、行けなかったけど、俺も気になってたし、また……」
そこまで言ってふっと柊真が口を噤む。その理由が双葉にもわかった。
また、なんて、気軽に言っていい旅じゃないのだから。
ああ、この空気、どうしよう、と途方に暮れながら窓の外を見て、双葉は仰天した。
「わ!」
「え! なに」
よほど驚いたのか、淡いブルーの車体が揺れる。幸い、後ろについてきている車はいなかったが、いたらびっくりされただろう。
「ごめん! いや、だって今、サルが!」
「サル?」
ちらっと柊真がバックミラーを確認する。が、なにも見えなかったのか眼球を滑らせてこちらを見た。
「いないけど」
「いたの! まあまあデカいやつ! うわ〜、写真撮ればよかった。なんか白線の中歩いてた」
「なんて賢い」
感嘆し、柊真はハンドルを切る。険しいとまでは言わないが、まあまあに曲がりくねった道だ。すでに日が暮れているので、この先の道がどうなっているかは、ライトの光を忠実に打ち返してくれる反射板が頼りだ。
「この暗さじゃ、白線の向こう歩いててくれないと轢いてしまう」
「サルもそれ、わかっていたりするのかな」
「どうだろう。でもそうであってほしいな。人間のせいでしなくていい気遣いをさせて申し訳ないけど」
申し訳ない、か。こいつはなんだかんだ言って優しいやつなんだな、とぼんやり思っていると、ところで、と柊真が声の調子を変えた。
「残念なお知らせがある」
「なに。え、まさかガス欠とか言わないよな」
近くにスタンドがあればいいけれどどうだろう。はらはらしている双葉に告げられたのは、実に他愛ないお知らせだった。
「夕飯。ホテル素泊まりにしちゃったから適当にどこかで食べなきゃって思ってたんだけど、貧乏学生であるところの俺たちには予算が限られている。毎食豪華にというわけにはいかない」
なんだ、そんなことか。真面目な顔で言うからびびってしまった。双葉は肩の力を抜き、シートに体重を深く預ける。
「改めて言うな。何事かと思うじゃん。いいよ、適当にコンビニとかだって。イセエビ食べるほどめでたい旅じゃないんだから贅沢言わないよ」
「めでたい旅じゃない」
繰り返す柊真の表情がすっと陰る。あれ、と思っている間にトンネルに入った。ちかちかと不安定に車内が明滅する中で柊真が気を取り直すように言った。
「じゃあ、まあ、最悪、お前が買ってきたイセエビチップスを夕飯ってことにしようか」
「お菓子はご飯ではない……」
よかった、明るく返してくれた、とほっとしつつ軽口で応酬し、双葉はガイドブックを持つ手に力を込めた。
気のせいじゃない。少しずつ、少しずつだが、空気が変わってきている。それが自分のせいなのか、柊真のせいなのか、よくわからないけれど、徐々に濃くなる違和感に意味なく身じろいでしまう。
自分たちはどうしてしまったのだろう。
小さく息を吸って吐くと、大丈夫? と声がかけられた。
「酔った? 暖房切ろうか」
ハンドルから片手を離した柊真がエアコンのスイッチに手を伸ばす。そうじゃない。慌てて止めようとするが、はずみで柊真の手を思いっきり掴んでしまった。
「あ」
冷えた手の甲の感触が掌にじんわりと沁みてくる。冷た、と言葉で理解するより早く、双葉は手を放した。が、掌の温度とは裏腹に、心臓はどくどくと熱い血流を顔に向かって噴き上げてくる。
「わ、あの、ごめん」
「……いや」
短く言い、柊真はエアコンのスイッチを切る。吹き付けていた温風はなくなったが、顔は熱いままだ。俺おかしい、と動揺しつつ、双葉はそろそろと右手を左手で包む。掌にはまだ、触れた柊真の手の冷たさが残っていた。
「お前、さ」
今は冬だ。手が冷たいのもわかる。でも暖房は効いていたし、ここまで冷たい理由は……。
「あの、まだ、緊張してるの?」
「緊張?」
「運転」
ハンドルを握る彼の手に視線を当てながら双葉はそっと声を落とす。
「手、冷たかったから。やっぱり、怖い?」
「ああ、うん。それはまあ」
曖昧に頷いた柊真がハンドルをきゅっと強く握ったのが手の動きでわかった。
「不注意で誰かを殺しかねないのが運転だから、怖いは怖い。夜道にも慣れてはいないし。それに」
「それに?」
問い返す双葉を見ず、柊真は静かに言葉を紡ぐ。
「隣にお前、乗せてるし。なんかあったら絶対に後悔する自信がある」
その瞬間の気持ちをどう言えばいいのだろう。別に特別な意味で言ったわけではないのだろうに、胸の奥がきゅっと収縮してしまう。
これじゃなんだか、好き、みたいじゃないだろうか。
そんなわけはない、と双葉は急いで否定する。こいつと自分は同じ人を好きになった恋敵だ。その恋敵相手に恋をするなんてことあり得ない。
普段と違う環境が気持ちを昂らせて感覚を誤作動させているだけだ。そうに違いない。
「じゃ、じゃあ、運転してくれるお礼に、夕飯は俺が奢るから!」
大声で言うと、ええ? と柊真が目を瞬いた。前方を見たままの顔がふっと綻ぶ。
「貧乏学生なのに」
「うるさい。有難く奢られろよ」
一言多いんだよ馬鹿、と文句を言う双葉に、軽く頭を下げた柊真が軽口を叩いて寄越す。
「じゃあ、イセエビ、食べさせてもらおうかな」
「任せろ……いやまあ、イセエビチップスになるかもだけど」
が、もちろんイセエビは食べさせてあげられなかった。お菓子=夕飯にもならなかった。
「伊勢に来て、これを食べることになるとは」
押し殺した声で笑いながら柊真は丼の中を覗き込む。中にあるのは湯気が上がるほかほかの牛丼。双葉と柊真の自宅そばにも普通にあるチェーン店のものだった。
「もしかして嫌い?」
そろそろと問うと、いいや、と笑顔で首を振られた。いただきます、と神妙に手を合わせた彼は、ふかふかとした牛肉達の間に慎重に箸を差し込む。
「めっちゃ、美味い」
満足気に牛丼を食む柊真とカウンターで横並びに座りながら、双葉も箸を伸ばす。
たくさん歩いて疲労しているからなのか、いつも以上に沁みる味だった。
牛丼のおかげで、非日常だったはずの旅に日常が混じる。ぎこちなかったふたりの間の空気がゆっくりと淡く溶け合っていく。空気に色なんてついていないけれど、手を触れたら傷だらけになりそうな針色だった世界が、射しこむ光によって黄金色の草原へと変わっていくみたいに、と言ったら言いすぎだろうか。
けれど、こうして牛丼を食べているこの今の気持ちを一言で表すならこれのような気がする。
「幸せ、かも」
ふっと柊真が顔を上げる。あ、と思った。今のは不用意だったかもしれない。傷心旅行で幸せなんて口にするのは明らかに変だ。
「あー、えと」
どうしよう。どう言えば、言い繕えるだろう。別に牛丼が美味かっただけだ。それだけなのだ。ただ、ただ……ただ、なんだろう?
自分で自分がわからずおろおろしている双葉の横で、柊真はなにも言わなかった。ただ黙々と牛丼を口に運び続け、ことん、と丼を置く。見ると、米粒一つ残さず完食していた。
「早食いは……よくないんだぞ」
照れ隠しから今言わなくてもいい小言が口から飛び出してしまった。柊真は湯呑を唇に当てながら肩をすくめている。
この空気、気まずい、と焦る。あの、と口を開きかけたときだった。
ふっと柊真の唇が綻んだ。そして。
「幸せだったから、つい」



