「お茶」
ぶっきらぼうな声がかかり、石鈴双葉は薄目を開ける。早起きしたせいか頭がまだどんより重い。瞼を擦りながら伸びをして声の方を見ると、相変わらずの仏頂面が見えた。
「今、何時?」
「十時。ってか、運転させといて助手席で高いびきとか。いい身分だな」
こいつはどうしてこう一言多いのだろう。黙っていれば清涼感満点のイケメンなのに。残念すぎる。
彼、秋信柊真のむかつくくらい整った横顔を眺めてから、双葉はサイドミラーに映った自分を見る。
柊真のような綺麗な黒髪直毛ではなく猫毛で色素の薄い髪。細くて貧弱な肩。顔だって、こいつと並ぶとコンプレックスの女顔が目立ってしまう気がしてへこむ。
いらっとしつつ、双葉は車窓へと顔を向ける。
「いびきはかいてない。うたた寝しただけ」
「どうだか。まあまあの爆音だったけど?」
「嘘言うな! 俺はいびきはかかない!」
「……ああそう。まあそれならそれでいいや。とにかくお茶、蓋開けて」
ハンドルを握りながら柊真が片手でペットボトルのお茶を差し出してくる。受け取って蓋を開け戻そうとして、双葉ははたと気付いた。
「だめ。ってか、片手離すな! さすがに看過できない」
「はあ? 俺もう一時間以上、水分補給なしだったんだけど」
「それは俺も」
「お前は寝てたんだからいいだろ。つべこべ言わずに開けてって」
「無理。初心者のくせに片手運転とか不届きすぎ。第一これ、お兄さんの車なんだろ。ぶつけたらまずいんじゃないの」
言い捨てて双葉はぐびり、とお茶を飲む。痛いところを突かれたような顔で、嫌なやつ、と零す柊真を横目で見ながら、窓縁に片肘で頬杖を突く。
まったく最悪だ。なにが悲しくてこんなやつと平日の高速道路の上を爆走しなきゃならないのか。
隣にいるのがこいつじゃなくて則正だったら……。
過った面影に勝手に胸の奥がじくりと痛み、くそ、と呟く。が、その声も高速を走っている今ならエンジン音に紛れてくれる。隣のこいつにも多分聞かれないはず、と思ったのに、予想に反して硬い声が返ってきた。
「減点」
「……は?」
ぎょっとして声の主を振り向くと、柊真はハンドルを握って前方を見つめながら淡々と言った。
「お前今、則正のこと、考えてた」
「……考えて、ない」
苦し紛れにそう言ったけれど、ごまかしきれた自信はなかった。
本当になんだってこいつとこんなとこにいるんだ俺は、と双葉はもう一度胸の内で唱える。
そもそも自分は、誘われたときにどうして、行く、と言ってしまったのか。
恋敵だったやつと傷心旅行だなんて、どう考えても正気の沙汰じゃないのに。
でもあのとき、行ってもいいかも、と思ってしまったのだ。
だって、あのとき、こいつは……。
思い返し、双葉は目を伏せる。その双葉の意識を掬い取るタイミングだった。
「則正を思い出しそうになったら、俺、見ろよ」
柊真が言った。視線は相変わらず道路の先に注がれていたけれど、声だけはしっかりと意志を持ってこちらへ向けられていた。
「当たり散らしていいから」
……普段とげとげしいこいつが不意に見せるこういうところに、どうしたらいいのかわからなくなる。
返事をせず、双葉は窓の外へと目を戻す。
胸のもやつきは消えない。それでも小さな密室は一路、目的地である三重県へ向かい、二月の冷たい風にさらされた高速道路を進んでいく。
ぶっきらぼうな声がかかり、石鈴双葉は薄目を開ける。早起きしたせいか頭がまだどんより重い。瞼を擦りながら伸びをして声の方を見ると、相変わらずの仏頂面が見えた。
「今、何時?」
「十時。ってか、運転させといて助手席で高いびきとか。いい身分だな」
こいつはどうしてこう一言多いのだろう。黙っていれば清涼感満点のイケメンなのに。残念すぎる。
彼、秋信柊真のむかつくくらい整った横顔を眺めてから、双葉はサイドミラーに映った自分を見る。
柊真のような綺麗な黒髪直毛ではなく猫毛で色素の薄い髪。細くて貧弱な肩。顔だって、こいつと並ぶとコンプレックスの女顔が目立ってしまう気がしてへこむ。
いらっとしつつ、双葉は車窓へと顔を向ける。
「いびきはかいてない。うたた寝しただけ」
「どうだか。まあまあの爆音だったけど?」
「嘘言うな! 俺はいびきはかかない!」
「……ああそう。まあそれならそれでいいや。とにかくお茶、蓋開けて」
ハンドルを握りながら柊真が片手でペットボトルのお茶を差し出してくる。受け取って蓋を開け戻そうとして、双葉ははたと気付いた。
「だめ。ってか、片手離すな! さすがに看過できない」
「はあ? 俺もう一時間以上、水分補給なしだったんだけど」
「それは俺も」
「お前は寝てたんだからいいだろ。つべこべ言わずに開けてって」
「無理。初心者のくせに片手運転とか不届きすぎ。第一これ、お兄さんの車なんだろ。ぶつけたらまずいんじゃないの」
言い捨てて双葉はぐびり、とお茶を飲む。痛いところを突かれたような顔で、嫌なやつ、と零す柊真を横目で見ながら、窓縁に片肘で頬杖を突く。
まったく最悪だ。なにが悲しくてこんなやつと平日の高速道路の上を爆走しなきゃならないのか。
隣にいるのがこいつじゃなくて則正だったら……。
過った面影に勝手に胸の奥がじくりと痛み、くそ、と呟く。が、その声も高速を走っている今ならエンジン音に紛れてくれる。隣のこいつにも多分聞かれないはず、と思ったのに、予想に反して硬い声が返ってきた。
「減点」
「……は?」
ぎょっとして声の主を振り向くと、柊真はハンドルを握って前方を見つめながら淡々と言った。
「お前今、則正のこと、考えてた」
「……考えて、ない」
苦し紛れにそう言ったけれど、ごまかしきれた自信はなかった。
本当になんだってこいつとこんなとこにいるんだ俺は、と双葉はもう一度胸の内で唱える。
そもそも自分は、誘われたときにどうして、行く、と言ってしまったのか。
恋敵だったやつと傷心旅行だなんて、どう考えても正気の沙汰じゃないのに。
でもあのとき、行ってもいいかも、と思ってしまったのだ。
だって、あのとき、こいつは……。
思い返し、双葉は目を伏せる。その双葉の意識を掬い取るタイミングだった。
「則正を思い出しそうになったら、俺、見ろよ」
柊真が言った。視線は相変わらず道路の先に注がれていたけれど、声だけはしっかりと意志を持ってこちらへ向けられていた。
「当たり散らしていいから」
……普段とげとげしいこいつが不意に見せるこういうところに、どうしたらいいのかわからなくなる。
返事をせず、双葉は窓の外へと目を戻す。
胸のもやつきは消えない。それでも小さな密室は一路、目的地である三重県へ向かい、二月の冷たい風にさらされた高速道路を進んでいく。



