『ミモザ』
優しい春風に揺れるミモザ。
幸せ色をしたその花が、ふわりふわりと降り注ぐ。
***
私が生まれたのは、東京の端っこの『都内』と呼ぶにはちょっと恥ずかしい気がする小さな町。
全国どこにでもあるような、ファミリー向けマンションの七階で暮らしている。
ザ・日本人って感じの硬くて真っ黒な髪、やや腫れぼったい奥二重の目、身長に対して「ちょっと短くない?」と言いたくなる手脚。
勉強は中の上、運動は中の下。
お花が好きで、将来はお花に囲まれる仕事をするのが夢。
そんな私には幼なじみがふたりいる。
同じマンションのひとつ下の階に住む蒼と、私たちの家よりちょっと間取りが豪華な十二階で暮らす壮真。
同じ年の私たち。平凡な私と違って、ふたりは『特別な人』のオーラがビシビシ出ていたけど、私たちはとても仲がよかった。
幾度も巡る季節を、ずっと三人で過ごしてきた。
蒼は小さな頃からお人形さんのように美しかった。
外国人みたいな栗色のふわふわロングヘア、髪と同じ色のビー玉みたくキラキラした瞳。色白でスラッと背が高くて、びっくりするほど手脚が長い。TVに映っているモデルやアイドルより、蒼のほうがずっと綺麗だ。
性格も私とは正反対。『唯我独尊』って言葉はきっとあの子のためにあるんだと思う。マイペースで、人にどう思われるかなんて気にしない。美人な蒼に嫉妬して悪口を言ってくる女の子はたくさんいたけど、「なんとでも言えば?」と余裕の笑みを浮かべてた。
いつだって自信たっぷりに自分の道を歩いていく蒼は、私の憧れ。
あれはたしか、中学校三年生のとき。
「陽菜! またその分厚い図鑑、読んでるの?」
自分の部屋のソファで読書をしていた私のもとに、いつの間にか蒼がやってきて隣に座る。
ソファ代わりになる大きなクッションだけど、ひとり用なので、いくら蒼がスレンダーでもちょっと窮屈だ。
蒼は私より体温が高くて、清潔な石鹸の匂いがする。
私が熱心に読んでいた花の図鑑に視線を落として、彼女は呆れた声を出す。
「図鑑ってさ、何度も読むものじゃなくない? 物語ならともかく」
「眺めているだけで楽しいんだよ。このお花とあのお花を隣に並べたら素敵だろうなぁって考えたり」
「ふぅん。陽菜の趣味はお金がかからなくていいねぇ」
「も~、馬鹿にして!」
私たちはいつものように、他愛ない話でクスクスと笑い合う。
「あとね、花言葉も好き。調べてみると楽しいんだよ」
私は図鑑のページを開いて、蒼に説明する。
「ほら、このスノードロップとか。こんなに可憐でかわいいのに花言葉は〝あなたの死を望みます〟なの」
「え~、花言葉って少女趣味な意味しかないと思ってた。初恋とか純愛とかさ」
「そんなことないよ。ゾッとするような意味の花言葉もたくさんある」
「へぇ」
蒼は完全に花より団子タイプで、私の大好きなお花にも少女漫画にも興味はない。
だけど、私の話はちゃんと聞いてくれる。私も蒼の話を聞くのは好き。
海外のロックバンドとか、聞いたこともない監督の撮ったマイナーな映画とか、趣味は全然合わないけど。
「陽菜の幼稚園の頃の夢ってお花屋さんだったよね? もしかして今も変わってない?」
「うん、そうかも。駅前にある花屋が好きだから、あの会社に就職できたら幸せだな~」
私は大手チェーンのフラワーショップの名をあげた。その花屋が好きで、働いてみたいと思っているのは本当だ。だけど……。
実はもっと大きな野望を胸に抱えている。人に言ったら笑われちゃうかもしれないけど。
でも蒼に嘘はつきたくなくて、だから勇気を出して言い直す。
「でも本当はね、フラワーデザイナーになりたいんだ。才能がいるし、平凡な私には叶わない夢かもしれないけど」
蒼はなにも答えない。やっぱり私には無理だと思っているんだろうか。
大それた夢を語ってしまった自分が恥ずかしくなり、私は早口で言葉を重ねる。
「あ、無謀だってわかってはいるんだよ。お母さんにも『そういうお仕事は選ばれた特別な人がやるものよ。普通の大学に行って、普通の会社員になるのが一番』って言われちゃったし」
高校進学のことを相談するときに、将来の展望を聞かれたのでお花について学べる専門学校に進みたいと言ったら苦笑されてしまった。
お母さんは私を『選ばれた特別な人』とは思っていないようだ。
自虐的な笑みが浮かぶ私の頬を、蒼が両手でムギュッとつまむ。
怒った顔をしても、蒼はすごく綺麗だ。
「そうやってすぐ『自分なんか』って言うの、陽菜の悪い癖だよ。この分厚い図鑑を飽きずに読めるって、すっごい才能だと思うよ。私なら秒で寝るもん」
「陽菜なら絶対にフラワーデザイナーになれるよ」って何度も何度も、蒼は言い聞かすように話してくれた。
「ありがとう」
これからは、将来の夢を聞かれたら『お花に関わる仕事』なんてごまかさずに、きちんと『フラワーデザイナー』と答えよう。
そう決意した。
「ねぇ、いつか蒼がウェディングドレスを着るときには私の作ったブーケを持ってくれる?」
純白のドレスをまとう美しい彼女には、どんな花が似合うだろうか?
気高いイメージの白バラ、カーラー、カサブランカ。緑が多めのナチュラルなブーケも悪くない。
ブリブリしていない、キリッと涼やかな花束が蒼にはきっと似合う。
でも彼女は眉根を寄せて、う~んとうなった。
「このかわいげのない性格で、結婚なんてできると思う?」
「蒼はかわいいよ! 誰よりも、世界一‼」
一瞬すら迷わずに私が答えると、蒼はプッと噴き出した。
「じゃあ、そのときは陽菜にブーケをお願いするね。陽菜がどれだけ人気のフラワーデザイナーになっていても、サービス価格でよろしくね」
「うん、約束」
私は蒼の白く美しい小指に自分の指先を絡めた。
「約束しちゃった以上は相手を探さないとなぁ」
もう近くにいるんじゃない?
心のなかでつぶやいて、私はほくそ笑む。
私の脳内にはブーケを持つ彼女の隣に立つ男性の姿がもうはっきりと浮かんでいた。
彼の気持ちに気がついたのは、いつだっただろう。中学に入ったくらいかな?
私の自慢の、もうひとりの幼なじみ。
壮真は同年代の男の子と比べると口数が少なくてクールな雰囲気で、小学校のときから大人っぽくてかっこいい!と女子に人気があった。
私と違ってサラサラの扱いやすそうな黒髪、その隙間からのぞく涼しげな目元。
「おなじ奥二重なのに……神さまって不公平」
私がそう愚痴るたびに、壮真は困ったような顔で笑ってた。
物静かで知的な、その外見どおりに壮真は勉強が得意だった。
「壮真とは中学まででお別れか~。ま、私は陽菜がいればそれでいいけど!」
壮真は自分たちより偏差値の高い高校に行く。蒼はそう思っていたみたい。
でも彼は私たちと同じ高校に入学した。
蒼は驚いて「なんで⁉ もったいない!」と彼を問い詰めていたけれど、私はそんなに驚かなかった。
「正直に蒼に打ち明けたらいいのに。蒼が大好きだから、ずっと一緒にいたいんだって」
あれは中学の卒業式の日だ。
たまたま壮真とふたりになったから、私は冗談めかしてそう言った。
彼が心底驚いたように目を白黒させるから、私は思わずクスクスと笑ってしまう。
「もしかして隠せているつもりだったの? 壮真、自分で思ってるよりわかりやすいよ」
「……」
壮真はクールだけど、正直者だ。表情でも言葉でも嘘はつけない人。
壮真のそういうところ、すごく好きだなって思う。
彼はいつだってまっすぐに蒼だけを見つめている。
大勢でいるときも、私と三人でいるときも。
「蒼が気づかないのが不思議なくらいだよ」
あの子は壮真の気持ちをまだ知らない。
蒼はモテるから、向けられる好意に鈍感になってしまうのかもしれない。
壮真の綺麗な瞳がかすかに陰る。切なげな眼差しから蒼を好きな気持ちがひしひしと伝わってきた。
私は彼の背中をポンと叩いて笑顔を向けた。
「大丈夫、大丈夫! だって壮真以上に蒼の隣が似合う男の子なんていないもん。幼なじみの私が保証するよ」
あのときの私の言葉に嘘はひとつもなかった。
私は心から、ふたりが恋人になる日を、私が作ったブーケを抱える蒼が彼の隣に寄り添う日を、楽しみにしていた。
うっとりするくらいお似合いなふたり、このふたりがカップルにならないなんてありえないでしょ‼
あの頃は無邪気にそう思ってた。
もちろん自分がお邪魔虫になってしまう寂しさもほんのり感じてはいたけど、それ以上に大好きなふたりに幸せになってほしかったんだ。
だけど、高校に入学した頃から……私のそんな純粋な思いは曇りはじめた。
誰が見ても恋人同士にしか見えないふたり。
高校から仲良くなった友だちには「カップルの邪魔ばっかりしてちゃダメだって」「空気読んであげなよ~」って散々言われて。
うちの高校は、なんとなく〝ランクの釣り合う相手〟と一緒にいるのが当たり前みたいな空気があって……私は蒼と壮真の隣に立つのに引け目を感じるようになった。
だから、少しずつふたりと距離を置くことにした。
空気の読めない子だと思われて、クラスから浮いてしまうのが怖かったから。
ううん、違う。私自身も……離れたかったんだ。そのほうが楽だと思った。
ふたりの幸せを望んでいるけど、見たくはない。
私抜きで、ふたりが笑い合うところを想像すると心臓がキリキリと痛むから。
赤いリボンにグレーのブレザーとスカート。その高校の制服がすっかり身体になじんだ頃、私はようやく気がついた。
ふたりが両想いになる日は、私が失恋する日でもあるってことに。
でも、すぐに来てしまうと思っていたその日は、いつまでもいつまでも来なかった。
優しい春風に揺れるミモザ。
幸せ色をしたその花が、ふわりふわりと降り注ぐ。
***
私が生まれたのは、東京の端っこの『都内』と呼ぶにはちょっと恥ずかしい気がする小さな町。
全国どこにでもあるような、ファミリー向けマンションの七階で暮らしている。
ザ・日本人って感じの硬くて真っ黒な髪、やや腫れぼったい奥二重の目、身長に対して「ちょっと短くない?」と言いたくなる手脚。
勉強は中の上、運動は中の下。
お花が好きで、将来はお花に囲まれる仕事をするのが夢。
そんな私には幼なじみがふたりいる。
同じマンションのひとつ下の階に住む蒼と、私たちの家よりちょっと間取りが豪華な十二階で暮らす壮真。
同じ年の私たち。平凡な私と違って、ふたりは『特別な人』のオーラがビシビシ出ていたけど、私たちはとても仲がよかった。
幾度も巡る季節を、ずっと三人で過ごしてきた。
蒼は小さな頃からお人形さんのように美しかった。
外国人みたいな栗色のふわふわロングヘア、髪と同じ色のビー玉みたくキラキラした瞳。色白でスラッと背が高くて、びっくりするほど手脚が長い。TVに映っているモデルやアイドルより、蒼のほうがずっと綺麗だ。
性格も私とは正反対。『唯我独尊』って言葉はきっとあの子のためにあるんだと思う。マイペースで、人にどう思われるかなんて気にしない。美人な蒼に嫉妬して悪口を言ってくる女の子はたくさんいたけど、「なんとでも言えば?」と余裕の笑みを浮かべてた。
いつだって自信たっぷりに自分の道を歩いていく蒼は、私の憧れ。
あれはたしか、中学校三年生のとき。
「陽菜! またその分厚い図鑑、読んでるの?」
自分の部屋のソファで読書をしていた私のもとに、いつの間にか蒼がやってきて隣に座る。
ソファ代わりになる大きなクッションだけど、ひとり用なので、いくら蒼がスレンダーでもちょっと窮屈だ。
蒼は私より体温が高くて、清潔な石鹸の匂いがする。
私が熱心に読んでいた花の図鑑に視線を落として、彼女は呆れた声を出す。
「図鑑ってさ、何度も読むものじゃなくない? 物語ならともかく」
「眺めているだけで楽しいんだよ。このお花とあのお花を隣に並べたら素敵だろうなぁって考えたり」
「ふぅん。陽菜の趣味はお金がかからなくていいねぇ」
「も~、馬鹿にして!」
私たちはいつものように、他愛ない話でクスクスと笑い合う。
「あとね、花言葉も好き。調べてみると楽しいんだよ」
私は図鑑のページを開いて、蒼に説明する。
「ほら、このスノードロップとか。こんなに可憐でかわいいのに花言葉は〝あなたの死を望みます〟なの」
「え~、花言葉って少女趣味な意味しかないと思ってた。初恋とか純愛とかさ」
「そんなことないよ。ゾッとするような意味の花言葉もたくさんある」
「へぇ」
蒼は完全に花より団子タイプで、私の大好きなお花にも少女漫画にも興味はない。
だけど、私の話はちゃんと聞いてくれる。私も蒼の話を聞くのは好き。
海外のロックバンドとか、聞いたこともない監督の撮ったマイナーな映画とか、趣味は全然合わないけど。
「陽菜の幼稚園の頃の夢ってお花屋さんだったよね? もしかして今も変わってない?」
「うん、そうかも。駅前にある花屋が好きだから、あの会社に就職できたら幸せだな~」
私は大手チェーンのフラワーショップの名をあげた。その花屋が好きで、働いてみたいと思っているのは本当だ。だけど……。
実はもっと大きな野望を胸に抱えている。人に言ったら笑われちゃうかもしれないけど。
でも蒼に嘘はつきたくなくて、だから勇気を出して言い直す。
「でも本当はね、フラワーデザイナーになりたいんだ。才能がいるし、平凡な私には叶わない夢かもしれないけど」
蒼はなにも答えない。やっぱり私には無理だと思っているんだろうか。
大それた夢を語ってしまった自分が恥ずかしくなり、私は早口で言葉を重ねる。
「あ、無謀だってわかってはいるんだよ。お母さんにも『そういうお仕事は選ばれた特別な人がやるものよ。普通の大学に行って、普通の会社員になるのが一番』って言われちゃったし」
高校進学のことを相談するときに、将来の展望を聞かれたのでお花について学べる専門学校に進みたいと言ったら苦笑されてしまった。
お母さんは私を『選ばれた特別な人』とは思っていないようだ。
自虐的な笑みが浮かぶ私の頬を、蒼が両手でムギュッとつまむ。
怒った顔をしても、蒼はすごく綺麗だ。
「そうやってすぐ『自分なんか』って言うの、陽菜の悪い癖だよ。この分厚い図鑑を飽きずに読めるって、すっごい才能だと思うよ。私なら秒で寝るもん」
「陽菜なら絶対にフラワーデザイナーになれるよ」って何度も何度も、蒼は言い聞かすように話してくれた。
「ありがとう」
これからは、将来の夢を聞かれたら『お花に関わる仕事』なんてごまかさずに、きちんと『フラワーデザイナー』と答えよう。
そう決意した。
「ねぇ、いつか蒼がウェディングドレスを着るときには私の作ったブーケを持ってくれる?」
純白のドレスをまとう美しい彼女には、どんな花が似合うだろうか?
気高いイメージの白バラ、カーラー、カサブランカ。緑が多めのナチュラルなブーケも悪くない。
ブリブリしていない、キリッと涼やかな花束が蒼にはきっと似合う。
でも彼女は眉根を寄せて、う~んとうなった。
「このかわいげのない性格で、結婚なんてできると思う?」
「蒼はかわいいよ! 誰よりも、世界一‼」
一瞬すら迷わずに私が答えると、蒼はプッと噴き出した。
「じゃあ、そのときは陽菜にブーケをお願いするね。陽菜がどれだけ人気のフラワーデザイナーになっていても、サービス価格でよろしくね」
「うん、約束」
私は蒼の白く美しい小指に自分の指先を絡めた。
「約束しちゃった以上は相手を探さないとなぁ」
もう近くにいるんじゃない?
心のなかでつぶやいて、私はほくそ笑む。
私の脳内にはブーケを持つ彼女の隣に立つ男性の姿がもうはっきりと浮かんでいた。
彼の気持ちに気がついたのは、いつだっただろう。中学に入ったくらいかな?
私の自慢の、もうひとりの幼なじみ。
壮真は同年代の男の子と比べると口数が少なくてクールな雰囲気で、小学校のときから大人っぽくてかっこいい!と女子に人気があった。
私と違ってサラサラの扱いやすそうな黒髪、その隙間からのぞく涼しげな目元。
「おなじ奥二重なのに……神さまって不公平」
私がそう愚痴るたびに、壮真は困ったような顔で笑ってた。
物静かで知的な、その外見どおりに壮真は勉強が得意だった。
「壮真とは中学まででお別れか~。ま、私は陽菜がいればそれでいいけど!」
壮真は自分たちより偏差値の高い高校に行く。蒼はそう思っていたみたい。
でも彼は私たちと同じ高校に入学した。
蒼は驚いて「なんで⁉ もったいない!」と彼を問い詰めていたけれど、私はそんなに驚かなかった。
「正直に蒼に打ち明けたらいいのに。蒼が大好きだから、ずっと一緒にいたいんだって」
あれは中学の卒業式の日だ。
たまたま壮真とふたりになったから、私は冗談めかしてそう言った。
彼が心底驚いたように目を白黒させるから、私は思わずクスクスと笑ってしまう。
「もしかして隠せているつもりだったの? 壮真、自分で思ってるよりわかりやすいよ」
「……」
壮真はクールだけど、正直者だ。表情でも言葉でも嘘はつけない人。
壮真のそういうところ、すごく好きだなって思う。
彼はいつだってまっすぐに蒼だけを見つめている。
大勢でいるときも、私と三人でいるときも。
「蒼が気づかないのが不思議なくらいだよ」
あの子は壮真の気持ちをまだ知らない。
蒼はモテるから、向けられる好意に鈍感になってしまうのかもしれない。
壮真の綺麗な瞳がかすかに陰る。切なげな眼差しから蒼を好きな気持ちがひしひしと伝わってきた。
私は彼の背中をポンと叩いて笑顔を向けた。
「大丈夫、大丈夫! だって壮真以上に蒼の隣が似合う男の子なんていないもん。幼なじみの私が保証するよ」
あのときの私の言葉に嘘はひとつもなかった。
私は心から、ふたりが恋人になる日を、私が作ったブーケを抱える蒼が彼の隣に寄り添う日を、楽しみにしていた。
うっとりするくらいお似合いなふたり、このふたりがカップルにならないなんてありえないでしょ‼
あの頃は無邪気にそう思ってた。
もちろん自分がお邪魔虫になってしまう寂しさもほんのり感じてはいたけど、それ以上に大好きなふたりに幸せになってほしかったんだ。
だけど、高校に入学した頃から……私のそんな純粋な思いは曇りはじめた。
誰が見ても恋人同士にしか見えないふたり。
高校から仲良くなった友だちには「カップルの邪魔ばっかりしてちゃダメだって」「空気読んであげなよ~」って散々言われて。
うちの高校は、なんとなく〝ランクの釣り合う相手〟と一緒にいるのが当たり前みたいな空気があって……私は蒼と壮真の隣に立つのに引け目を感じるようになった。
だから、少しずつふたりと距離を置くことにした。
空気の読めない子だと思われて、クラスから浮いてしまうのが怖かったから。
ううん、違う。私自身も……離れたかったんだ。そのほうが楽だと思った。
ふたりの幸せを望んでいるけど、見たくはない。
私抜きで、ふたりが笑い合うところを想像すると心臓がキリキリと痛むから。
赤いリボンにグレーのブレザーとスカート。その高校の制服がすっかり身体になじんだ頃、私はようやく気がついた。
ふたりが両想いになる日は、私が失恋する日でもあるってことに。
でも、すぐに来てしまうと思っていたその日は、いつまでもいつまでも来なかった。



