いつもの通い慣れた教室も、土曜日の朝というシチュエーションのせいか、知らない部屋のように見えた。
 私を呼び出した担任の国語教師は、ひどく申し訳なさそうに眉を下げている。

「ごめんね、如月さん。土曜日なのに呼び出して」
「いえ……どうせ部活なので」
「吹奏楽部、忙しそうだもんね」

 私は言葉に迷って、そうですね、とだけ返した。
 先生は困ったような表情を浮かべてしまった。キャッチボールをしたいのに、相手がボールを地面に転がしてしまったときの顔だ。
 先生のことが嫌いなわけではないけれど、あまり部活の話を広げたいとは思えない。私が黙って俯いていると、先生が再び口を開く。

「如月さん、一人で悩んでるんじゃないかな、と思って呼び出したんだ」

 その言葉に、私は視線を上げた。
 気の弱そうな顔をしているけれど、先生はちゃんと先生の役割を果たそうとしてくれている。私をまっすぐに見つめ、生徒である私からのSOSを取りこぼさないようにしているみたいだ。

「……それって、昨日私が学校休んじゃったからですよね」

 すみません、と呟くと、先生は慌てて首を横に振った。首がもげてしまうのではないかと心配になるくらいの勢いだったので、私は思わず笑ってしまう。
 笑顔がこぼれたからか、先生はようやくほっと息をついた。どうやら少し、先生も気を張っていたみたい。自分の受け持つ生徒と少し話をするだけなのに、どうして緊張していたんだろう。そう考えて、私はひとつの可能性を思いつく。

 先生は、私が何かに思い詰めて、自分で命を絶ってしまうかも、と思っているのかもしれない。

「……悩みは、ないわけじゃないですけど、……大丈夫です」
「………………そっか」

 せっかく私を心配してわざわざ時間まで作ってくれたのに、相談しないのは先生に悪い気がした。
 でも先生は怒ったりがっかりしたりすることなく、優しく笑う。

「無理に話してほしいわけじゃないんだ。ただ親や友達、もちろん先生も、如月さんの味方だってこと、覚えておいてほしい」

 私を心配して言ってくれていることなのに、どうしてか私の心は冷めている。

 親も友達も先生も私の味方? 都合のいいときだけ味方のふりをしているだけでしょ。
 そんなこと、高校生にもなればみんな知ってる。

 せっかく向けてもらった優しさまで疑ってしまう私は、きっと心が荒んでいる。せめて表面だけでも取り繕いたくて、私は無理矢理笑顔を浮かべた。

「昨日は休んじゃってすみません。月曜日はちゃんと行きます」
「……うん。体調と相談して、無理のない範囲でね」

 また困ったような顔をする先生に頭を下げて、私は席を立った。そして「すみません、部活が始まっちゃうので戻りますね」と都合のいい言い訳を持ち出した。
 頑張ってね、とは言われなかった。先生もなんとなく勘づいているのかもしれない。私が部活をあまり好きじゃないこと。それでも引き止められることはなかった。

 吹奏楽部の活動場所になっている建物に移動しながら、ぼんやり考える。

 行かなくていい、今日は部活なんて行かずにとことん先生と話そう。
 そう言って無理にでも引き止めてくれればよかったのに。

 憂鬱な心を抱えながら、私は時計台を見上げた。
 八時半、五分前。今日も部活が始まる。