君のギャップに惚れた!

「じゃあ最後は大和くんだね? 今日は何歌ってくれるの?」
「はい。……その」
 私を見てモジモジとし出したかと思えば。
「Akiraさんの『ぶっ壊せ!』で、お願いします!」
 突然、声を張り上げてきた。
「は?」
「オッケー。じゃあAkiraさんの曲を流していいかな?」
「は、はい」
 私の「は?」はないものとされ、セイさんはタブレットの上に指を滑らせ操作していく。
 何考えてるの、コイツ?
 睨み付けたくても、何だか気恥ずかしくて顔すら見れない私。……正直歌って欲しくない。大和さんのことは良い思い出で残したい。だけど聴きたいと思う気持ちも湧き出てきて、私の心は掻き乱されてゆく。
 このドクドク鳴る音は何なんだろう?
 期待? 不安? 恐れ? 嫉妬?
 その答えが見つけられないまま、荒々しい音楽が流れ始める。

『ぶっ壊せ! ぶっ壊せ! くだらねぇ、価値観を!』
『ぶっ壊せ! ぶっ壊せ! その拳は何のために付いてある!』
 低音を腹の底から出し、爆速テンポに合わせて声を張り上げる。同様のテンポで続いていく楽曲に合わせて、歌詞を一つ一つ拾い、まるでそのメッセージを伝えるように歌っていく。
 歌に、命が吹き込まれていく。その声に魂が揺れる。
 この歌は「ぶっ壊せ!」という題名通り、過激な音楽と歌詞により出来ている。だけど大和さんはその匙加減が上手いのか、キツくなり過ぎないように絶妙なバランスで歌う。だからこそ、ただの過激なフレーズを詰めこんだだけの歌にならなかった。……もしかしてこの歌詞に乗せた想いを、理解してくれているんじゃないかと思うぐらいに……。
 私は瞬きを忘れるぐらいに大和さんを見つめて、この歌声を脳に刻み込む。ボカロPになって良かった。活動を続けて良かった。だって大和さんに、ただ同じクラスだった人として通り過ぎていたであろう真面目くんに出会えたのだから。
 パチパチパチパチ。
 歓声と拍手で、ほわほわと浮いていた気持ちがようやく戻ってきた。
 激しい鼓動に、胸を締め付けてくる感覚。焼けるようなこの想い。これは……。
「あ、そっか。Akiraちゃんは大和くんの生歌初めて聞くんだもんね? どうだった?」
「あ……。飲み物取ってきます……」
 返答出来ない私は、ミニリュックを背負いドリンク用のコップを手に取り立ち上がる。
「そう?」
 スッと目を逸らしてくれるセイさんは、私の心を汲み取ってくれてるように温かで優しい。 部屋のドアを開け、スタスタと階段を降りていく。脳内で響いているあの歌声。心臓の高鳴り。
 あの人は本当に大和さんだった、どうしよう私。いやいや、あの人は真面目くん! 普段のヘタレ具合を知ってるでしょう?
 私は恋をしないと決めている。だって男は信じられないから。
 手にしていたコップを洗い場に返した私は、新たなドリンクではなくメイク直しにと化粧室に立ち入る。ミニリュックから出てくるのは白のメイクポーチ。それを開いた私はアイメイクを施す。
 情けない。こんなの私じゃないでしょう? 私は強い。私は誰にも頼らない。私は誰も好きにならない。
 身を守る兜に塗料を念入りに塗ると、私はいつも通りの私になる。