君のギャップに惚れた!

「Akiraさんはどうしてあんな繊細な歌詞と曲を? ……、いえ、何でもないです」
 話を変えようと話を振ってくれたようだけど、また黙り込んでしまったコイツ。
 気付いてくれているんだろうな、私の傷に。
「……信じられないの、大人が。ウチの親父、いわゆるクズってやつでね。お酒飲む度に母親に暴力振るっていたんだよね」
 ピクッと動く眉に、グッと噛み締める唇。表情は張り付いていて、彼には無縁の話だとよく分かる。
「ごめん、そんな深刻は話じゃないから。母親は私を育てる為だって我慢してくれていたらしいんだけど、五歳だった私をウザいって殴る姿にとうとうキレて、離婚してくれたんだ。おかげで母親と大人全てを軽蔑しなくて済んだし、むしろクズ親父との三人暮らしより母親との二人暮らしの方が百万倍幸せだしー」
 それは本心で、私は今の生活に満足している。
 ボロくて狭いアパートでも、バイト代渡していても、欲しい物なかなか買ってもらえなくても。家の中がギスギスしていて、泣く母親を見なくて済むなら。

「だから大人の男性が怖いんですね?」
 その痛みを問われた私は、その優しい瞳を力無く見つめた。
「うん。当時のクズ親父と同じぐらいの、三十代男性が異様怖くて。小二の時の担任がそっくりでさ。もー、サイアクみたいな? 勿論、センセーは悪くないんだけどねー」
 明るく笑い飛ばすのに、真面目くんはずっと唇を噛み締めてて私を見つめている。お人よしか、コイツは?
「それで……」
「もう終わり」
「違いますよね。SNSであの書き込みをしていた時、剛力さん辛かったですよね?」
 私がSNSに辛さを吐き出したのは、スマホを買ってもらった中一の春頃だった。あの頃抱えていた悩みは。
「……小学生の頃って、案外女子の方が背高いじゃん? だから全然大丈夫だったんだけどね……」
「中学生頃になると、背丈は男子が越してくる。……怖かったのですか?」
「私は元々、背が低かったから」
 海に戻ってきた鳥達に目を奪われコイツから目を離すと、視界の端で動く体。さっきまで手を伸ばせばコイツの体に余裕で当たるぐらいの距離だったのに、今は手を伸ばしても届かないほどの距離感。それに加え背中を丸め、膝まで曲げている。学校で演じている、真面目くんに戻ってしまった。
「私アンタなんか、ぜーんぜん怖くないしー!」
 そう言って、背中をバシッと叩く。
 やめてよ。私の為に、また背中を丸めるなんて。シャキッとしたあんた、最高にカッコいいんだから!
「でも……」
「私を誰だと思ってんのー!」
 体を大きく見せるのは盛った髪に、仁王立ちした体を見せつけること。強い眼差しでガンを付けたら、コイツはまたえくぼを見せスッと姿勢を戻した。
「それでいーの! ……でもさ、そんなこと母親に言えないじゃん? クズ親父のことは覚えてないって言ってるし。だからSNSにその想いを書き込んだの。誰も見てくれていなくてもいい、だけどノートやスマホのメモに書き込むのは虚しくって。そう考えると私は誰かにこの苦しみを知って欲しかったのだと思う。例え、誰も反応してくれなくても。でもムトツさんがコメントを返してくれた。励まされます、気持ちが伝わってきます、応援しています。嬉しかったの、私にはこの気持ちを共感してくれる人が居てくれるんだって。ムトツさんが俺達のやり取りを文章を繋げたら歌詞になるね、歌ってみたいと書き込んでくれたこと今でも覚えているよ。『ぶっ壊せ!』は、私の書き込みとムトツさんのコメントを合わせて作った歌だから」
 それは以前より公言していることで、その後の歌詞も、私が考えたフレーズとSNSに寄せられたコメントを繋ぎ合わせて歌詞にしている。中には手抜きしているだけだと書き込んでくる人もいるけど、そう思うなら勝手に思っておけばいい。
「あんなバカみたいなコメントを、本当に聞いてくれるなんて思いませんでした。」
「バカじゃないよ! 嬉しかったんだから! ……それよりバズってからコメント全然してくれなくなったじゃん! 淋しかったんだからね!」
「すみません、なんか遠くに行っちゃったような気がして……」
「ごめん。でもね、いつもいいねをくれたのは嬉しかった。だから、私はここまで頑張れたんだよ?」
 活動を辞める時はムトツさんにお礼を伝えてからにする。まさかその言葉を、直接告げられるとは思わなかったな。

「活動、続けてもらうことは出来ませんか?」
「……ムリかな……。辞めたいのは身バレだけじゃないし」
「え?」
 心当たりないと言いたげな視線。そっか、私はそこまで強い自分を演じられていたんだね。

 大和さんが私の歌を歌ってくれプチバズりを見せた私は、全てが順調だったわけじゃない。有名になれば出てくるのは、アンチ。
 心ないコメントに、誹謗中傷。
 反応があるだけマシだと言われることもあるけど、その言葉の数々は私の体に小さな棘として刺さっていく。
「くだらねー歌」、「私の方がまともな歌作れる」、「バカの一つ覚えみたいな単調な歌」。まあ、それぐらいならいい方。「消えろ」、「死ね」、「殺してやろうか?」。そんな言葉が書き込まれていた日には私は身震いを起こし、初めて目の当たりにした時には怖くてスマホを触ることすら出来なかった。
 そうしていくうちに根元にあった、『私みたいに傷付いている人に強く生きるようにメッセージを送りたい』から、誰にも文句を言われない活動をしたいに変わっていっていた。それじゃあ意味ないじゃんって分かっていても、頭の中が色々な感情でぐちゃぐちゃになっていく。
 私がボカロPを辞めたいと思い始めたのは、それが理由だった。
「そう悩んでいる時にあのオフ会があり、身バレを悟った。だからこそ思ったんだよね、活動は潮時だと誰かに言われているんだって。こんな強気で見た目も派手で、それなのに何言っているのかって感じだよね?」
「いや、そんな。……すみません、思ってました。」
 コイツのあまりの素直さに、心から笑っていた。

「この服装、髪型、メイクは私を守る鎧と兜なの。これがないと怖くて外に出れないし、人とも話せない。とっくの昔に起きたことをずっと引きずって、その傷を曲で包み込んでいるのが本当の私。みっともないよね?」
 気付けば私は、剥き出しの私をコイツ晒していた。
 誰にも言えなかった、心の傷を。

「家に閉じ籠ることは考えなかったのですか?」
「考えたよ。でも悔しいじゃん。あんなクズ親父に私の人生潰されるなんて! ……母親を、これ以上泣かせたくなかったの」
 信じていた相手に日常的に暴力を受け、苦しんだ母。クズ親父に依存気味だったのに、私が殴られた姿を見て泣いて謝ってくれキッパリと離婚した。私に、クズ親父を父親だと認識して欲しくなかったのも一因だろう。それなのに私が父親を覚えていて、しかも記憶に怯えているなんて知ったら。だからこそ、絶対に言えなかった。
「強いですよ、ずっと一人で戦ってきたのだから。辛い気持ちをSNSで吐き出して、自分の傷に向き合ったんですから。弱さがあったからこそ、あの歌は生まれた。弱さを跳ね除けた。やっぱりすごいなAkiraさんは。俺はずっと、あなたのファンでした。だからこそ言わせてください。活動を続けてもらえませんか? 俺があなたを守ります。いえ、守らせてください!」
「えっ!」
 緩む涙腺に、熱くなる喉。そんな熱い視線を送られたら私は。
「……そこには、リアルの私も入ってる?」
 そんな勘違いの言葉を、口に出してしまうじゃない!
 何バカなこと聞いてんの! Akiraだけに決まってんじゃん!
「ごめん、訂正させ……」
「当たり前ですよ。守ると約束したじゃ無いですか?」
 迷いのない言葉に、私の胸はギュッと締め付けられる。

「……最近さ、少しずつだけど大人の男性を信じられるようになったんだ。セイさん、私にとって雲の上の存在で一生関わることないだろうなと、書き込みをただ眺めていたの。でもね丁度一年前、セイさんからDMが来たの」
「え! セイさんから直々に?」
「うん。初めはセイさんを名乗るニセモノだと思ったんだけど、内容が以前投稿した写真に僅かに制服が写っていたから消すようにとわざわざ送ってきてくれたの。あれほど気を付けていたのに、指摘されるまで全く気付かなかった。それでも性格捻じ曲がってる私は何か裏があるんじゃ無いかって身構えていたんだけど、そしたら活動者が集うグループに招待してくれたんだよね。年上の頼れる女性も居るから大丈夫だよって。そこで馴染めて、今の私が居るの。だからさ、悪い人ばかりじゃないよね。こうやって私達を守ろうとしてくれる大人も居てくれる。だから、もう少し続けてみようかな」
「え!」
「守ってくれるんでしょう? だったら、頑張ろうかな?」
 夕方にも関わらず、強い日差しを差してくる太陽。私はまた焼ける思いをしながら、あのキラキラとした場所を目指して飛んで行くんだ。
 本当はまだ怖い。SNSや動画投稿サイトのコメント欄を確認する時には身構えているし、一瞬気を抜いたことで身バレの危険がある。想定外のことでの流出も聞いている。 
 だけど私はJKボカロP Akiraでいたい。
 この歌を、この曲を視聴者さんに聞いて欲しいから。
 私みたいに悩んでいる人にも届いて欲しいから。
 憧れの歌い手さん達が最高に輝ける、歌を作りたいから。
 セイさんみたいな大人も居るのだと知れたから。
 ムトツさんと大和さんである、彼に出会えたのだから。

 それを私に思い出させようとしたから、「オフ会に来ないと秘密を暴露する」なんてキャラに合わないこと言い出したんだろうな。
 ありがとう、私のヒーロー。完全にやられたわ。悔しいけどね。