君のギャップに惚れた!

「Akiraちゃん大丈夫?」
 来てくれたのはタクヤさん。私がなかなか戻らないのを気に掛けてくれたようで、様子を見に来てくれたようだ。
「ありがとうございます。メイク直していただけなので」
 うん、大丈夫。笑えているよね、私?
「そういえばギャルメイクだよね? もっと薄くした方が可愛くない?」
 私に顔を近付けて来てじっと見たかと思えば、その発言。
「あー、私はこのメイクが好きなので」
 表情を変えることなく、ニコッと軽く返す。
 若いのに勿体無い。肌が荒れるよ。
 散々言われてきた言葉。だけど私は、このメイクを止めない。これがないと外に出れないからだ。

「じつはさ。俺、Akiraちゃんのこと良いと思ってたんだよねー?」
 私をじっと見つめ、そう言葉を出すタクヤさん。
「ありがとうございます」
 純粋にそう返していた。
 その言葉は純粋に嬉しい。私の歌を聴いてもらえている。曲を認めてもらえる。それがあるからこそ、活動を続けることが出来た。
「真面目だな」
「え?」
 途端に表情を変えてくる、その姿。私は知っている、これは相手をバカにしている時にするものだと。それと同時にようやく気付いた。真面目って、相手を良く評価するだけの言葉ではないと。
「ねえねえ、本名はなんて言うの?」
「いや、個人的なことは……」
 主催者のセイさんは個人情報を大切にしてくれる人で、身バレなどで今後の活動に影響ないようにと考えてくれている。だから本名を始めとした個人情報を話さないようにと、約束されていた。だからこそ、私はこのオフ会に参加していた。
「じゃあさ、電話番号教えてよ?」
 ニヤニヤと笑うその姿に、背筋に冷たいものが走ったような錯覚に陥る。
「連絡は、SNSのDMのみで取り合うと決められてます……」
 心臓がバクバクと鳴って、嫌な汗が流れて、体がカタカタと身震いを起こす。
 何? 何がしたいの? ……どうしよう、怖い。
 目の前の景色がグラッと揺れる中、辛うじてその姿を確認出来たのはタクヤさんの後方を静かに歩く真面目くん。ドリンクバーに向かっていることから、飲み物を取りに来たようだ。
「……た」
 喉が詰まって、息が上がって、胸が痛いぐらいに鼓動を鳴らして、口を開けるけど声が出ない。
 するとまるで私の声が聞こえたかのようにこちらに目をやり、私と視線が合った。
 真面目くん、助けて。
 今の私は明らかに目を泳がせ、声を出そうと口をパクパクと動かしている。
 お願い、伝わって。ただその瞳を見つめた。
 しかし私からスッと目を逸らしたかと思えば、ズボンのポケットからスマホを取り出しそっちに視線を落とす。
 何をしてるの?
 当然ながら私の疑問に答えることもなく、コップにドリンクを入れたかと思えば背向けてそのまま姿を消した。おそらく、スルーされのだろう。
 あ……。
 そうだよね。こんな厄介ごと、普通にメンドウだよね?

「良いの? 俺がAkiraちゃんの曲を歌ってあげたら、もっとバズるよ? もしかしたら、デビューの話とかくるかもしれないし」
「……え」
 確かにその話は魅力的であり、知名度を上げるのも私達活動者にとって必要なこと。現に大和さんが歌ってくれてバズるまでは、私は誰にも気に留められない存在だった。
 良い歌を作れば良いわけじゃない。響く曲を作れば良いわけじゃない。それ以上に必要なことは、聴いてもらうこと。認識してもらうこと。名前を覚えてもらうことだ。
 聴いてもらわなければ、存在しないに等しいのだから。結果が実らず、活動を辞めた人なんていくらでも居る。
 だけどタクヤさんに歌ってもらったら私の歌をより多くの人が聴いてくれる。メッセージを伝えられる。
 活動を辞めるつもりなのに、そんなことを考える自分が居た。
「ねえ、二人で抜けない? 大人のデートを教えてあげるよ?」
 私の手をガシッと掴む大きな手。その力は強く、キリキリと痛んだ。
「やっ!」
 声を上げても、周囲には誰も居ない。
 何誰かに助けてもらおうとしているの? そんなの必要ない。私は強い。助けなんていらない。そうでしょう?
「……すみません。離してください……」
 何とか声を絞り出し手をグッと引き抜こうとするけど、その力は強く全く敵わない。
「いいの? 俺が君の悪い噂を吹聴すれば、この業界で生きていけないようにするよ」

 止めて。辞めるにしても、そんなことしたら私の曲を聴いてくれている人がガッカリするじゃない? 作品と人間性は違うと言われるけど、私の歌に共感してくれている人がそれを知るのは……。
 目をギラギラさせ、掴まれている手の力はより入り、捲し立てるように迫られ怒鳴られる。
 真面目くん、助け……。
 バシャ。
 異質な音と顔にかかった冷たい感覚に目をそっと開けると、そこには髪と肩付近が水浸しになっているタクヤさん。
「はぁ? ……何だよ!」
 後方を見て声を荒らげている姿にゆっくりそっちに目をやると、そこにはグラスを逆さに向けた真面目くんがこちらを鋭い眼差しで睨み付けていた。
「とりあえず、この汚い手を離してもらいましょうか?」
 私の手首を掴んで離れなかった手を真面目くんはこじ開けてくれ、私の前に立ちはだかってくれた。
「ナンパ行為は禁止です。オフ会のルールもご存じないのですか? あなたのような人が居るから、健全とした場が汚されるのです。それに加え未成年に迫り、断られたら脅しですか? それが大人のすることですか?」
 言葉は丁寧だけど、口調は荒々しい。
 真面目くんとは一年の時から同じクラスで、クラスの男子達にイジられても無表情を貫いていた。これほど相手を睨み付けて攻撃的な姿を、初めて目の当たりにした。だからこそ分かる、怒ってるって。

「こいつが誘ってきたんだ!」
「……え? 違っ!」
 想定外過ぎる発言に、反論に時間がかかってしまった。どうしよう。真面目くんはやり取りまで把握してないよね? 私が取り入ったと勘違いされてしまったら。
「全世代に知名度がある俺と、しがないJKボカロP。どっちの言うことを世間は信じると思う? 売名行為だと叩かれて終わるよ?」
 どうしてそうなるの? 権力や知名度がある人は、そこまでして良いものなの?
 やっぱり、大人って汚い。
 湧き上がる嫌悪感に、身震い。その一方で感じるのは、所詮は声が大きい人が優位な世界だということ。私ぐらいのボカロPなんていくらでも居て、簡単に消えてゆく。
 だからもう、終わりだ。
 そう思い、目をギュッと閉じる。

「今までの音声は録音してあるので、SNSで拡散しましょうか?」
「は?」
「……え?」
 閉じた瞼をそっと開けるとそこには、真面目くんが手にしたスマホ。開いていたのは、ボイスレコーダーアプリだった。
「あなたの怒鳴り声、響いていましたよ? この距離なら録音出来ているでしょうね? 良いんですか? 有名歌い手タクヤが、オフ会で会った未成年をナンパ。断られたら地位を利用して脅していたと知られれば、世間はどんな反応するでしょうね?」
 スマホの横ボタンを押し、プチっと消えた画面。
「このスマホ、パスコード打ち込むしか開く方法はありません。スマホを壊してもボイスレコーダーアプリは家にあるタブレットと連携しているので、無駄です。ですから彼女の悪評を流すのは辞めてもらえませんか?」
 スマホを触っていたのは、録音する為だった。この先のことまで考えていたの?
 見捨てられていたわけではなかった。その事実に、心に温かなものが溢れていくような気がした。

「なんだよ、こんなにチャラチャラしてるくせにお高くとまりやがって。大体、お前の旬は今だけだからな! JKじゃなくなったら、何の価値もない! ぶっ壊せなんて叫んでいるだけの歌!」
 勝ち目がないと悟ったタクヤさんは苛立ちをぶつけるかのように、私を指差し声を荒らげてくる。
 ……そんな風に思っていたの?
 耳元に響く大きな声と、その後も続く中傷の言葉に唇をグッと噛み締める。
 確かに、そんなコメントを書き込まれていることはあった。くだらない歌詞、うるさいだけの曲、中身空っぽ、JK売りだから人気なだけ。今まで耐えてきたけど、プロにそう言われるなんて。私はやっぱり……。
「あ? 今、何って言った!」
 誰が発したのか分からないぐらいの低い声に顔を上げると、真面目くんがタクヤさんの胸ぐらを掴んでいた。
「ち、ちょっ……!」
「お前に歌い手名乗る資格なんてねーよ! 彼女の歌に込められたメッセージが分かんねーのか?」
「はあ? メッセージ? ただ流行りのフレーズ付けて、何も分かってないガキを釣っているだけだろ? JKじゃなければこいつなんて……!」
「黙れ!」
「やめて!」
 縮こまっていた体が気付けば動いていて、真面目くんの拳を両手でギュッと握り締めていた。
「お願い……、下手したら退学になっちゃうよ……」
 視界が揺れ、頭がキーンと痛み、指先に血液が循環していないのかと思うぐらいひんやりしている。
「あ……、すみません」
 私の手があまりにも冷たかったからか、彼の力が入っていた拳は緩んでいき、ゆっくりと下ろしてくれた。

「腰抜けが! お前のような弱小歌い手!」
 バカにするように笑い飛ばす姿はとても大人のものとは思えず、カッコよかった先程の姿とは別人に見えた。
「彼に対する侮辱はやめてください! 彼は立派な歌い手です! 彼の歌には魂が籠っています!」
 吐き出す声は震え、喉がヒリヒリして、目が熱くなる。でもこれだけは譲れない。彼は私の憧れの人なんだから!
「何っ!」
 凄まれそうになった私の前に、彼はまたスッと入ってくれた。

「音声データのことお忘れですか? 公表されたくなければ、二度とこのようなことはしないでください。それとも、熱湯かけてやらねーと分からないのか?」
 低くドスが効いた声に苦々しい表情で、タクヤさんは出口へと駆けて行く。
 やっとこの悪夢が終わったのだと思った私は、力が抜け溜息を吐きながら壁に体重を預ける。
「すみません、余計な口を挟んで」
 恐る恐る声がする方に目をやると、そこにはいつもと同じく優しく柔らかくこちらを見つめる真面目くんが居た。

「どうして気付いたの?」
「……あの人、やたら剛力さんのことを見ていて気になっていました。なかなか帰って来ない剛力さんを見に行くと出て行ったので、念の為に様子を伺っていたら案の定でした。剛力さんなら軽く追い払うと思っていたので、万が一に問題になった時の為に録音していました。だけど聞いていたらムカついてきて、思わず手にしていた水をぶっかけていました。すみません、かかってしまいましたね」
 そう言ったかと思えばポケットからグレーのハンカチを出し、そっと頬に付いた水を拭き取ってくれた。
 
「こ、怖かった!」
 私は感情のまま、その広い胸元に飛び込んだ。
「……え? え、えー!!」
 体から伝わる振動で、手をバタバタと動かしていると分かるけど、私は離れる気なんてなかった。
 今でも頭こべり付く怒鳴り声。母を殴る大きな拳。いつその手がこっちに来るのかと思うだけで、体が震えて息が苦しくて意識を失くしそうなぐらいの恐怖だった。
「すみません。すぐ助ければ良かったですね! 剛力さんなら踵落としを食らわせて、舐めんなよ! と凄みそうだと思っていて! いや、偏見は良くないですよね! ……すみません、大きな声出して……。剛力さんのことは、俺が守りますよ」
 落ち着きのなかった真面目くんの両手は、やっと止まってくれる。私の背中に、優しく包み込んでくれることによって。
 その胸からは、ドクンドクンと鼓動が鳴っている。
 大人相手に怖かったからか、大きい声を出したからか、もしかしたら私が抱きついているからとか?
 そんな思いで顔を埋めたまま、彼の名前を声に出そうとする。
「まな……」

「大和くん、どうしたの?」
 私の声に被さる、穏やかな声。
「ふぁ!」
 思わず変な声が出た私が顔を上げると、そこには眼鏡がズレた彼の顔。眼鏡をかけるとレンズの関係で目が小さく見えるとか聞いたことがあったけど、それは本当なのだと今知った。
「ひゃあー!」
 バクバク鳴る心臓に耐えられず、力の限り真面目くんを突き飛ばしてしまった。
 何やってるの、私はー!
 カァーと急上昇したと錯覚する体温。全身の火照り。ハワハワとなる手を止めることが出来なかった。

「ご、ごめん。大和くんしか見えてなくて!」
 背が高い真面目くんの後ろ姿しか見えてなかったみたいで、そこに私が居るなんて思いもしなかったとセイさんはハワハワしながら手を動かして話す。
 え? ちょっと待って? 何か、勘違いされてるんだけどー!

「すみません。Akiraさんとはそんな関係ではなく。えーと俺が兼ねてから彼女のファンで、嬉しくて思わず……」
 頭を掻きながら、無理に口角を上げている。嘘を吐こうとしてくれているんだ。私の為に……。
「……タクヤさんに誘われて。それを大和さんが助けてくれたんです……」
「え!」
 緩んでいた表情を硬くしたセイさんは、状況を教えて欲しいと冷静に話してくれた。
「ご……! ……Akiraさん!」
「また同じこと繰り返すかもしれないよ。セイさんはこの界隈で顔広いし、注意喚起してもらわないと!」
「あ……。話せますか?」
「今後同じように、脅される人が出来るかもしれないから……」
 私は途切れ途切れに何とか状況を説明し、殆どは真面目くんが録音した音声と共に説明してくれた。