赤く、轟々と燃えるキャンプファイヤーの前で、僕は東雲さんと並んで立っていた。他にも僕たちと同じように男女のペアでキャンプファイヤーを囲んでいる生徒がちらほらいる。学年ばらばらの人たちが、今日この瞬間を待ち構えていたようだ。
 後夜祭と言っても時刻は午後五時。夕暮れ時のトワイライトの空の下、僕たちは互いに手を取った。
 校舎から流れてくるBGMは流行りのJ-POPやらK-POPやら様々な曲だ。みんな、ノリノリで手を叩きながら踊ったり歌ったり自由に過ごしていた。僕も東雲さんと二人で、ぎこちないステップを踏んだ。

「なんかこういうの、初めてかも」

「僕もだよ」

 あいつら、オケラと東雲さんじゃね? 
 一緒に踊るって、やっぱりデキてんの。

 誰かが噂する声が聞こえる。クラスメイトだろう。昨日、演劇の舞台で東雲さんの背中を押し、今日の本番では何事もなかったかのように僕たちを無視してきた。今日の舞台は上手くいったものの、僕たちの胸は仄かな闘志に燃えていた。

「ねえ、小原!」

 くるくると回りながら東雲さんが叫ぶ。どういうわけか、BGMが『美女と野獣』のテーマソングに切り替わった。まるで、キャンプファイヤーで踊る僕たちに、スポットライトを当ててくれているみたいに。

「なに、東雲さん!」

 炎が燃え盛る音やBGMの音に負けないように、僕も必死で叫ぶ。周りにいた人たちがぎょっとして僕たちの方を振り返るのが分かった。

「私、上品な喋り方も振る舞いも、全部やめるっ! 私を縛り付けてたみんなの期待も、知ったこっちゃない!」

「あ、ああ。僕も、周りの視線を怖がって縮こまるのはやめるよ!」

 二人して一体何を言い合っているんだろう。キャンプファイヤーの前で、殴り合うようにしてお互いに叫び散らす。クラスメイトたちが僕たちの方を見て、ぽかんと口を開けている。

「あーーーーもうっ! 学校なんてクソくらえぇぇぇ! お父さんもお母さんも、私の気持ちを知らないで、無理ばっかり言って、さいっっっていっ! 何が日記だよバカ! 好きでお嬢様なんかに生まれたわけじゃねえよっ。ていうか、私はお嬢様なんかじゃない! 腹黒いし口も悪いっ。にこにこ微笑んでるだけで高校三年間が終わっていくとかマジ意味わかんねえ。私は……私は、こっちの自分で生きていくんだから!」

「ぼ、僕だってなあ! 好きで貧困家庭に生まれたんじゃないよっ。シャツだって新しいものを買いたいし、学校でも堂々としていたいんだっ。僕はヒーローになりたいんだよ。格好悪いか!? ダサいか!? でもいいんだ。僕は僕のままで、なりたい自分になるんだからっ!」

 ぜえ、ぜえ、と肩で息をしながら発狂したように叫ぶ僕たち。周りでは、なんだなんだ、何事だ、と僕たちを囲う聴衆が増えていく。ちょっぴり恥ずかしかったけれど、どうしてか見られていることが気持ちよくなっていた。東雲さんも同じなようだ。僕の顔を見てニッと歯を見せて笑う。決して上品な笑い方ではない。いたずらを思いついた子供みたいに、最高の笑顔を見せていた。

「東雲さん、まじかよ」
「オケラもあんな大胆なやつだったか?」
「でもなんかあの二人……いいな」
「あんだけ曝け出して、逆に格好良くない?」
「昨日、演劇で事故ったみたいだけど、めちゃお似合いだし」
 
 信じられないことに、汗だくで叫びながら踊る僕たちを肯定してくれる声が耳に響いた。 
 聞き間違いじゃないよな。
 東雲さんと目を合わせる。彼女も驚いて瞬きを数度繰り返した。
 そして彼女はふっと息を吐く。テーマソングがサビへと差し掛かった。

「戻ってきて、お願い、私から離れないで、愛してる」

 彼女の全身から力が抜けて、吐き出された台詞は美女・ベルの言葉だった。
 僕の心臓がドクンと大きく跳ねる。ベルの台詞を聞いたはずなのに、頬を赤く染める東雲さんを目にして、胸がきゅっと鳴った。

「最後に一目だけでもいいから会いたかった」

 城に戻ってきたベルに投げかけた、まっすぐな野獣の愛。
 東雲さんも僕の気持ちを受け止めたみたいに、目を大きく見開きほっと微笑む。

「東雲さん、僕はむきだしのきみが、この世でいちばん好きだ」

「私も。ありのままの小原が、好き」

 公開告白にも関わらず、僕の胸には恥ずかしさよりも喜びで満ち溢れていた。東雲さんはさっと顔を赤くしたけれど、それでも堂々と僕の手を握っていた。
 ヒューヒューという周りからの冷やかしも、耳に入らないぐらい。僕たちは今、二人だけの世界に入り込んでいた。

「ふふ、小原、すごいじゃん。やっぱりあんた、ヒーローじゃん」

「それを言うなら東雲さんも。口の悪さは天下一だよ」

「悪かったわね。でもそんな私を好きになった小原が悪い」

「僕の前で本当のきみを曝け出してくれるなら願ったり叶ったりだよ」

 面と向かって好きだと言い合った後の応酬としてはロマンのかけらもないけれど。
 僕たちのことを周りで見ていた生徒からは、もう陰口は一つも聞こえない。むしろ、本音をぶつけ合った僕たちに拍手すらしてくれていた。
 
「悪かったよ……二人とも」

 拍手が止んだ後、僕たちの前に進み出た北村くんの一言を聞いて、東雲さんはふっと鼻を鳴らす。

「別に? 全然気にしてないし」

 その強がりな彼女の様子がおかしくて、僕は北村くんと顔を合わせてぷっと吹き出した。
 今なお激しく燃えるキャンプファイヤーが、殻を脱ぎ去って生まれ変わった僕たちの門出を祝福してくれているようだった。



【終わり】