俺は佐藤。自分で言うのもなんだけど、結構空気の読める男だと思っている。

 そんな俺が最近気になっているのは、友人の葛西と、クラスではちょっと影の薄い熊谷のことだ。
 あの二人、ただの友達にしては距離が近いように思える。
 今日だって……。

「あ、ジャージ忘れた」

 体育の着替え中。熊谷がロッカーの前でボソッと呟いた。
 隣にいた葛西は、その声を聞き逃すことなく、自分のジャージを熊谷に渡す。

「俺の使って。今日は半袖だと寒いから」
「ええ⁉ 悪いって。葛西が寒くなるじゃん」
「いいから」

 わたわたと手を振りながら遠慮する熊谷に、強引にジャージを着せる。最初は戸惑っていた熊谷だったが、じっと見つめる葛西の圧に押し負けたのか、遠慮がちにジャージのチャックを上げた。

「ありがとう。でも、葛西のだとちょっと大きいね」

 熊谷は、はにかみながら余ったジャージの袖をプラプラ揺らす。
 その仕草を見て、葛西は口元を押さえながら、視線をあちらこちらに巡らせた。

「ん……。あー、ね」

 語彙力低下してんじゃねーか……。あんなにキョドっている葛西は、初めて見た。
 友人の変貌ぶりに驚いていると、熊谷は何を思ったのかスンスンとジャージの匂いを嗅ぐ。

「俺さ、葛西の匂い、結構好きなんだよね」

 もし俺が同じ台詞を言ったら、「は? キモ」と冷めた目で一蹴されるに違いない。だけど相手が熊谷だと、話は変わった。
 葛西は頭を押さえながら、その場でしゃがみ込む。

「……なんでそういうこと言うの? いいよ。そのジャージ、もうあげる。それはもう、熊谷のものだよ」
「いやいやいやっ! もらえないって! そういう意味で言ったわけじゃないから!」

 ……俺は一体、何を見せられてるんだ?

 斜め後ろから二人のやりとりを眺めていると、葛西と目が合う。その場で立ち上がった葛西は、真顔で俺に詰め寄ってきた。

「何見てんだ? 勝手に熊谷を視界に入れるの禁止」
「無茶言うなって!」

 無茶苦茶な言い分に、思わず叫んでしまった。
 本当に葛西はどうしたんだ? これまでの葛西は、誰にも興味がなさそうな顔をしていたのに。

 だけど、熊谷を映す葛西の瞳は、とても優しい色をしている。
 二人の関係性はまだ分からないけど、葛西にとって熊谷は特別な存在なんだと思う。