※熊谷と葛西がお付き合いを始める前のエピソードです。

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 何をしても感情の動かない俺は、人間として欠陥があると思っていた。だけど最近は、少しずつ変わり始めている。

 放課後に熊谷に声をかけた日から、俺たちは毎日一緒に下校するようになった。
 いつもなら駅前で別れるけど、今日は少しだけ遠回りをしている。どうやら熊谷が寄りたい場所があるそうだ。

「ここだよ、葛西! いっぱい咲いてる!」

 熊谷が指さす先には、ピンク色のコスモスがある。休耕田に蒔いたコスモスが見頃を迎えたようだ。
 畑一面に広がるコスモスを見つめる熊谷の瞳は、キラキラと輝いている。花でこんなにはしゃげるのは、もはや才能だと思う。

「コスモスを見にきたの?」
「うん。あと、撮りにきた」

 熊谷は、にっと笑うとポケットからスマホを取り出す。

「SNSで見たんだ。コスモスをローアングルで撮ると、花びらが透けて見えるんだって」

 熊谷はコスモスの前でしゃがみ込む。花びらを見上げるようにスマホを構えてから、シャッターを切った。
 ――カシャ
 写真を確認すると、「おおっ!」と声を弾ませる。

「一発で綺麗に撮れた。奇跡だ!」

 盛り上がっている熊谷の笑顔があまりに可愛かったから、俺もスマホを構える。コスモスの前に立つ熊谷を画角に収めて、シャッターを切った。

「あっ、また撮ってるー」

 シャッター音と同時に、スマホ越しに熊谷と目が合った。怒ったように口を尖らせる姿も可愛くて、もう一度シャッターを切る。

「……俺なんかより、コスモスを撮ればいいのに」
「撮ってるよ。コスモスも」

 撮影した写真を見せると、熊谷は複雑そうに目を細めた。

「まあいいや。写真、SNSにあげるからちょっと待ってて」

 熊谷は、ぽちぽちとスマホを操作する。俺もスマホを開いて、タイムラインで待機した。
 一分後、青空に透かしたコスモスの写真が流れてきた。俺はすぐさま〝いいね〟を押す。

「わっ! もう〝いいね〟してくれた。早すぎじゃない?」

 相手が俺とは知らずに、熊谷はギョッと驚いている。流石に早すぎて引かれたかと焦ったが、熊谷は嬉しそうに頬を緩ませた。

「でも、見つけてくれたのは嬉しい」

 その笑顔に、またしても心を奪われてしまった。
 この恋は、きっと叶わない。だけど君の隣にいるだけで、俺の心は満たされた。