志望校に合格した、春。
芳野結陽は スマホに登録していた番号をタップする。
ここに電話をかけるのは2回目。
高い確率で本人が電話に出ることはリサーチ済みだから、今日は初回の時のようなドキドキはない。
ワンコールで凜とした優しい声が響く。
「はい、ソラノアオヲです。心繋いでます」
この声を初めて聞いた人は、この“ココロつないで”くれている相手を、懐の深い、澄んだ瞳をした心根の美しい人物だと想像するんじゃないだろうか。
あるNPO法人の相談電話。結陽は喉の奥を小さな咳払いで整えてから声を出す。
「恋の悩み相談です」
そう言うと秒で応答された。
「てめぇユウヒこんどしばく」
なんで12文字しか喋ってないのに気付くんだよ。
でもって、えっと、向こうも12 文字?
それだけでソッコー切電って。
ひどすぎる。
仕方ない。また直接出向くか。
翌月、結陽が四歳年上の幼馴染の瀧朔太郎に高校入学の合格祝をねだったら、すぐさま朔太郎から真新しい制服の襟元を締め上げられた。
「なんで合格祝が添寝なんだよ」
こうやってシバかれるの久しぶり。
「でもって先月のあのふざけた電話は何?」
結陽は首が苦しいのになんだか嬉しくて、目を細めて笑っていたら朔太郎の手に力が込められた。息が止まって慌てて相手の手を振りほどく。
大学の講義が終わって帰宅したと連絡をくれた朔太郎の家に入学式後に立ち寄った玄関先。夕陽が美しく辺りを染めていた。
「玲伊君にはしてんじゃん」
咳込みながら結陽が言うと、朔太郎は色白の頬を少し朱くして玄関扉を背にしたまま小さな声で返答する。
「それはまぁ。佐倉とはそういう関係だから」
朔太郎が上目遣いで目を逸らした顔を見た結陽はまた、悶えた。
可愛い。悔しい。可愛いすぎ。
佐倉玲伊コノヤロウ。
結陽は朔太郎の恋人を脳裏に浮かべてサンドバッグに変身させ、右拳で中段逆突きをお見舞いした。
普段の結陽は彼と仲良くしたいと思っているし、朔太郎が好きになるだけあって玲伊はいいヤツだと思う。好感も持てる。
だけどこんなに可憐な朔太郎の表情を目の当たりにしてしまうと、兄からポシティブシンキングのキングとも言われている結陽をもってしても玲伊に対しての感情が複雑に捻じれてしまう。
いいなぁ。こんな朔太郎の顔、いっぱい見てんのかよ。
同じ大学に入りやがって。
俺が追っかけて入学しても朔太郎は社会人になっちゃってるもんなぁ。って、もし朔太郎が留年して大学生活かぶってもキャンパスであの二人が一緒に居るのを見たくないよなぁ。
おぉなんだこの黒っぽい感情は?
結陽は馴染みのないモヤモヤ感を持て余し、意識して気持ちを明るく切り替えた。
「プライベートゾーンには触らないから。お願い」
「小学生の性教育みたいに言うの止めろ」
「いやほんと。サクにくっついて一日寝るだけ。そしたら俺、高校生活すっごく前向きにスタート切れっからさ。玲伊君には俺から説明するから、お願い」
結陽は手を合わせて懇願する。
片想いが長すぎた。
想い人に想い人が出来ても、全力で追いかけてここまで来た。
朔太郎よりも好きになれる相手が、出てきますように。
淡く咲くソメイヨシノの花びらを見上げながら今日は高校の正門をくぐった。
大丈夫だ。きっとそんな相手に出逢える。
女子なのか男子なのか、今のところ分かんないけど。
だから。前に進むために一度は一緒に朝を迎えてくれよ朔太郎。
そうやって一緒に朝陽を見たら、その日に片想いを夕陽に溶かして、まとめて沈めちゃうからさ。



