「ありがとう」

藍の言葉に彼は無言で微笑んだ。

「ねぇ、貴方はどんな花火を上げるの?」

藍は、再び作業を始めた彼に訊ねる。


「……枝垂れ花火だ。けど今まで誰も見たことがない俺の花火を咲かせてやる!」

「楽しみね。貴方、名前は?」

「弁天屋の龍斗(たつと)。あんたは?」

「藍染めの藍と書いて、藍(あおい)」

「藍、いい名だな」

「ありがとう」

束の間の会話だったが互いに惹かれるものを感じた。


「藍、今日の花火の感想……聞かしてくんないか?明日、ここで」

「わたしが?」

「思った通りの感想でいい。綺麗だったか物足りなかったかだけでも構わない」

藍は短く答える。

このまま、別れてしまうのが惜しい気がした。

何か話さなければと思いながら、言葉がみつからず、「あの……」と言おうとした藍に

「藍!」と呼びながら 龍斗は桜の花弁に細い針金を刺した即席の簪をそっと、手渡した。

器用だなと藍は思う。

薄紅色の桜の簪を藍は黒髪に飾り、

「似合う?」と訊ねる。

「ああ」

藍は照れくさそうにしている龍斗の仕草を妙に心地よいと思った。


「鼻緒ありがとう、簪も」

藍は、穏やかに微笑んで暗くなりかけた桜並木の道を振り返りながら、雑踏の中にまぎれる。

龍斗の温かな眼差しを思い浮かべ藍の胸に熱いものが込み上げた。