火は人形を焦がし燻りながら、次第次第に大きく燃え盛っていく。


火付けは死罪。

ここをうまく逃げ仰せても見つけ出されて殺される。

徳川の手にかかり命を落とすくらいなら、このまま燃え盛る炎と共に朽ちたほうがずっといい。


──そう思った。

刹那、御座船の船尾から火柱が吹き上がり、藍は思わず立ち上がり家茂の人形から離れた。


「あ!」

御座船に向かって懸命に泳いでくる龍斗の姿が、藍の目に映る。

藍は龍斗と交わした会話を思い出す。

花火の感想を聞かせてくれと言った、温かな希望に満ちた瞳に胸が熱くなる。


黒髪に手をあて龍斗に貰った桜の簪を確かめ、『生きたい、生きて再び龍斗に会いに行きたい』と思った。


『が、今はダメ。龍斗を巻き込むわけにはいかない』


風に煽られ火の粉が激しくなる。

舞い込んだ桜の花弁と火の粉を幾つも払う。

春先の川の水は、まだ冷たい。

だが、他に逃げる方法を思い付かない。

藍は川に身を躍らせた。


岸へ向かって泳いだ。

徳川への怒りなど頭になかった。

生きなければ……逃げなければ!

逃げ惑う侍や女中の声に混じり、龍斗の叫び声が微かに聞こえる。