腕を無理やりとられ、結菜は立ち上がらされた。妖がいなくなったせいか、辺りの空気が澄んでいる気がする。軽く呼吸しただけでも、息が随分しやすくなった。
 腕を掴まれた結菜は三善先生に導かれるままに歩いていった。すると急に目の前がぱっと開いたせいで、太陽の光が眩しい。少しずつ目を開けていくと、見慣れた学校の屋上の上に自分が立っていることに気が付いた。屋上から見る階下の景色も、いつもと変わらない。夕日に照らされた校庭はオレンジ色に染まっていた。

「も、戻って来られた……」
「あー、疲れた」

 屋上に繋がっている扉の隣にヤンキー座りで座った三善先生、大きなため息を吐いた。額にうっすらと出ていた汗を三善先生は腕で拭った。

「す、すみませんでした、私、自分で対応できると思っていて」

 三善先生は結菜の言葉を聞いて、横眼だけで結菜を見た。冷たすぎる視線に結菜は肩をびくっと震わせた。

「うぬぼれ」
「で、ですが」
「実際そうだっただろうが。陰陽師の末裔という矜持だけで対応できるほどの能力はなく、そのくせ妙な責任感だけで動いているだけだろ。正直迷惑なんだよ」

 図星だった。
 結菜は自分の力のなさを理解しているつもりでいた。お守り替わりに持ち歩いていた呪符があれば対応できると。
 しかし、現実は違っていた。危うく殺されそうになった。

「これに懲りて、陰陽師の真似事なんてやめるんだな」

 ぐしゃぐしゃと髪を掻いて、三善先生は立ち上がった。ドアノブに手を掛けようとしたところで、結菜は三善先生の腕を掴んだ。ギュッと力強く握ったためか、しかめっ面で三善先生が結菜を見下ろしてきた。その強面具合に逃げ出しそうな気持になったが、奥歯を噛みしめながら三善先生を見た。

「……先生が決めることじゃないです」
「ケンカを売るとは良い度胸だな」
「私は、自分で、決めますからっ」

 教室の中であれば、確実に響いていたであろう声量で叫んでしまった。あまりの声の大きさに、三善先生が目を丸くしていた。
 真剣な表情の結菜を見て、三善先生は口角をあげた。だが、結菜は三善先生の目を見て、それが不敵な笑みではないことをすぐに理解した。

「ま、いいんじゃないか」
「え」

 あっけない答えに、今度は結菜が目を丸くする番だった。

「覚悟があれば、何も言わねぇ」

 それだけ言い残すと、三善先生は結菜の手を振りほどいて屋上を後にした。ぺたんと座った結菜は先生の後ろ姿を扉が閉まるまでじっと見ていた。

「……そう言えば、先生、明日からどうするんだろう」

 期間限定の教師。それも今日で終わりだったはずだ。
 結菜はゆっくりと立ち上がり、膝に着いた汚れを手で払った。ふと気になり、後ろを振り返ったが、そこには妖の欠片も無いままだった。結菜は今日この場であったことを忘れないと心に決めてから、屋上を去った。