祓う、というよりも、浄化という言葉の方が似合うのかもしれない。ひび割れたところから少しずつ暗闇の壁は崩れていった。

 ――バカナ、ニンゲンゴトキガ

「バカなのは、そっちでしょ。俺が誰だか知っての狼藉なの?」

 片頬をあげたまま、一歩一歩結菜に近づいてくる。これだけ光を浴びても、妖自体の力が弱まった気配はない。大鎌を握ったままの手は、結菜の首元に刃先を向けた。刃先が首に当たっているようで、生暖かい血が首筋をゆっくり辿って胸元に落ちていく。うかつに動けない。

 ――コイツ、コロスゾ?

「滅」

 妖が言い終える前に、三善先生は唱えた。術の展開が早すぎて、目が追いつかない。あっという間に腕が一本もげ、がらんと鈍い音と共に大鎌が地面に落ちた。続いて結菜の左足を捕らえていた腕も消滅し、結菜は自由になった。強く掴まれていたせいか、鈍い痛みがはしった。顔をしかめつつも、結菜は三善先生を見た。
 ゆったりとした足取りで、結菜の近くに辿り着き、頭からつま先までじっくり見た三善先生は、結菜の無事な姿を見て安心したのか、前髪を軽く掻き上げた。

「せ、先生?」

 普段見ない三善先生の姿に、やっぱり先生は先生なんだと思ってしまった。

「バカなのか、お前は」
「な、なんですか、助けてくれた途端にその言葉は」
「バカなのか、なら、仕方ないな」

 訂正。この男はやっぱり先生らしくない。少なくとも生徒に向かって吐くような言葉じゃない。学校の授業で見ている先生は虚像なのかと思えてくる。

「んじゃまあ、さっさと片付けるか」

 先ほどの術のせいで、いくつか目がつぶれたようだが、妖はまだ健在して、勝機を伺うように結菜たちを観察していた。地面にも自身の目を配置しているようで、地面なのに目が生えている。ホラー映画や漫画で見る光景に、結菜はぞっとした。

「まだ勝つつもりでいんのか。やっぱり、バカ決定ってことだな」

 結菜を自分の背中に隠すようにしながら、三善先生は滅と言って術を次々に展開していった。次々に祓われていく妖は低い声で悲鳴をあげながら、ひたすら攻撃され続けている。攻撃が早すぎるからなのか、相手は防御する隙すら与えられていない。一方的な状態に目を疑いながら、結菜を斜め後ろからそっと三善先生の表情を伺った。
 八重歯をのぞかせながら、鼻歌を歌って術を展開している。その顔は、弱いものを徹底的にいたぶる悪魔のようにも見えた。
 こんなのが、先生になれるとは、教員不足がニュースで嘆かれている通り人手不足なのは間違いないようだ。
 そんなことを頭で考えながら、目の前の光景と普段の授業をしている先生のギャップが埋まらないまま、ただ茫然と圧倒的な力を見せつけられた。
 五分も経たないうちに、辺り一帯の妖たちを祓った三善先生は、顔を上げて大きな息を吐いていた。首筋にはうっすらと汗をかいている。その汗はきっと暑いから、とか、生徒がピンチに陥ったのを回避できたから、とかではない。絶対に、多分、間違いなく。

「あー、しんど。量が多すぎだっつーの。それもこれも、日下部結菜のせいだからな」

 そう言うと思っていた、この先生ならば。
 圧倒的な力の前に、ひれ伏すしかない。それを無理やり理解させられたような気分だった。

「よし、帰るぞ」