死への恐怖が体を強張らせていく。真綿で首が徐々に絞められていくのかのように、呼吸がしにくくなってきた。
 手がもう一つ地面からにゅっと出てきた。コンクリートで作られている地面のはずなのに、固さは一切感じないようなスムーズさに、とうとう物事の理も壊れてきたのか。出てきた手には、先ほど見た大鎌が握られており、矛先は結菜に向けられていた。

 ――オンミョウジヲクラウノハ、イツブリダロウカ。

 妖がどこかで舌なめずりしているのが、容易に想像できてしまった。もう逃げられないと、本能が告げた。結菜は今度こそ、目を固く瞑り、最後の時を待つことにした。

「悪いけど、俺の生徒に手を出さないでくれないかな?」

 聞いたことがある声が、頭上から降ってきた。結菜は、目を開き、ぱっと顔を上げた。そこは相変わらず真っ暗で、人の影すら見えない。
 どうやら、聞き間違いだったようだ。
 結菜の目の前で妖を祓ったことがある三善先生ならば、もしかしたら、と思ったが、そう簡単にいくはずがない。
 だって、三善先生は、さっき飲み込まれてしまったんだから。
 結菜は再び目を閉じ、俯いた。最後に一欠けらの望みがあったかもしれないが、それもいま潰えた気がした。

 バチン

 何かが破裂する音と共に、ビキビキとヒビが入っていくような音がし始めた。

 ――ヌウ、キサマハ

 やや怯んだような、妖の声に結菜はもう一度顔を上げて、当たりを見回した。真っ暗だった景色に、ヒビが入り、明かりが漏れ入ってきていた。光の向こうに見える、見たことがあるシルエットに、結菜は目を瞠った。
 真っ黒なスーツ姿に、不敵な笑み。左手の人差し指と中指だけがまっすぐ結菜の方向に向かって伸びていた。

「おーい、日下部結菜、動くなよ」

 間延びしたような言い方は、間違いなく三善先生のそれだった。結菜は三善先生の指示通りに、ぐっと体に力を込めて動かないようにした。
 その次の瞬間、

「滅」

 と涼やかな声があたりに響いた。