術式も中途半端の状態で三善先生が姿をくらましてしまった。
 さっきまですぐ近くにいたはずなのに、一体どこに。辺りを見回しても影も姿も見当たらない。どうしよう。自分一人では対処しようがない。術者がここに到着するまで無事なままでいられるか、わからない。
 だが、瘴気が先ほどよりも一層濃くなったのは、わかる。寒気だけじゃない。鳥肌もうっすら出ている。なんとかしないといけないが、どうすればよいのか皆目見当がつかない。
 ふと、三善先生が言っていたことが頭に過った。

 妖は人間の生活が根幹。
 停電しているから、もしかして、ここにいる妖は明るいのが苦手なのかもしれない。
 
 ええい、ままよっ。

 瘴気の濃さが気になるが、結菜は駆け上がった先の屋上の扉を勢い良く開けた。開けたと同時に光が降り注がれるかと思ったが、光は一筋もなかった。
 扉を開けた先に会ったのは、真っ暗な世界だった。
 まだ日が高い時間なのに、太陽は無く何か大きな黒い布に覆われたかのように、黒色ペンキで塗りつぶされた景色がそこにあった。

「なんで」

 絶望で塗りつぶされた目の前の光景に、結菜は膝をついた。自分でできることを探して、チャレンジしてみたけど、なにも報われなかった。
 いったいどのくらいで助けが来るのだろうか。
 それまで自分は自分の身を守れるのだろうか。
 視えるだけの無力な自分に絶望の追い打ちをかけられながら、結菜は地面を睨みつけた。
 その時、自分の影とは別の影が地面に移りこんだ。
 ぱっと顔を上げると、そこには、大鎌を構えた妖がいた。目は体中にあり、ギョロギョロとあちこち見ていたが、急にすべての目が結菜を捕らえた。捕食者を見つけたかのような見られ方に結菜は竦んだ。

 ああ、もう死ぬのか。
 目の前に迫る大鎌がスローモーションのように見える。後ろに下がろうにも、既に背中に壁が当たっている。逃げ場がない。竦んでしまった足は、膝がついてしまった。結菜はそっと両手を握りながら、目を瞑った。
 妖が視えない人ばかりの中で、助けられるのは自分だけ。こんなところで、死んでたまるか。
 結菜は持っていた懐中電灯の明かりをまっすぐ妖に照らした。妖と言えども、根本は現代の人間生活から生まれている。だから、弱点は必ずある。

 暗闇に溶け込み、人を攫う。
 暗闇に溶け込んでいるのは、そこが一番活動しやすいからだ。でも、今の結菜に対抗できるものは何も持っていない。背負っているリュックには勉強道具しか入っていないし、頼みの呪符も今日は忘れてしまった。
 大鎌が振り下ろされた先から、どうにか走って逃げるしか方法がない。息が上がってきたが、避け続けるしかないのは辛い。連絡を入れたと三善先生は言っていたが、それはどのくらい前に入れた連絡で、あとどのくらいで助けに来てくれるのか。それまでは何としてでも逃げ続けなければ。
 結菜は妖が振り回す大鎌を避け続けていたが、疲れたところで足がもつれてしまった。肩で息をしながら振り返ると、そこには結菜を狙っている妖が、大鎌を構えて、結菜に狙いを定めていた。