「このバッジ、見覚えねぇの?」

 きらりと光ったのは五芒星らしき文様で作られたバッジだった。だが、結菜の身近な人間でこのバッジを持っている人はいない。一体何のバッジだろうか。首を傾げていると、呆れた顔で三善先生は結菜を見た。

「これは術者協会に属している術者が身に着けるバッジ。これを媒体にすれば外部との連絡も容易に取ることができる」

 術者協会の名前は祖父母から聞いたことがある。優秀な術者しか登録ができなく、生存する陰陽師の中でも百名程度しかいないと。
 まさか、先生は。
 結菜は信じられない思いで三善先生を見た。

「し、知らなかった、です」
「だろうな」

 がしがしと乱暴に髪を掻いてから、三善先生は結菜の左腕を取った。

「とりあえず、俺から離れんな」

 はい、これ、イケメンしか許されないヤツッ。
 結菜は耳まで熱くなるのを感じた。結菜の様子を気にもせずに、三善先生は校内を歩き始めた。引っ張られるままに、結菜も一緒に歩く。

「あ、あのどこに」
「妖ってのは、今の人間生活から生まれている。これだけ暗くする奴ならば、まだ対処しようがある」
「え?」
「まさか、そこまで知らねぇのか」

 呆れたような声で言う三善先生に結菜は唇を尖らせた。

「だって、術者になる気もないですし。それに見えるだけですので」
「あのな、これくらい末裔なら常識だってんだ。日下部のじじぃ、孫の可愛さに手を抜いてんな」

 盛大な舌打ちを何回か繰り返しながら、三善先生は結菜を連れて階段を上る。いくら階段を上ろうとも灯りの気配はまるでない。所々にある電気のスイッチを先生が押してみても、全くの反応がない。

「電気系統いかれてるってことは、そういうことか」

 一人で納得した素振りを見せながら、どんどんと上がっていく。
 校舎の構造的には三階までしかない。三階まで来ると、その先には屋上しかない。三善先生は屋上に続く階段をためらいもなく昇り始めた。結菜もつられるように、先生に続こうとしたところで、これまで感じたことが無いほどの瘴気の濃さに目の前が一瞬暗くなった。

「おい、大丈夫か」

 膝に手をつき、呼吸を繰り返す結菜に、三善先生は駆け寄ってきた。

「これ以上はお前も危険だから、ここで待っとけ」
「で、でも」
「まぁ、これくらいはしておいてやるから」

 迷子の子をあやすように、優しい声で三善先生は言った。しゃがみ、結菜の周りに何やら複雑な術式をチョークで書く。

「これは?」
「これは」

 どぷん。
 また同じ水の音がした。自分の足元が取られたんじゃないかと思い、結菜は慌てて足元を見たが特に変わっていなかった。
 カランと、軽い音を立ててチョークだけが宙から落ちてきた。
 恐る恐る音がした方を見ると、さっきまでいたはずの三善先生がいなくなっていた。

「せ、先生?」