月城和樹(つきしろかずき)はコーヒーを飲みながら、最近の出来事を振り返っていた。雪が舞い散る空は白いようで微かに赤に染まっていて、暖房をつけていても窓のそばはぶるりと震えるような寒さだった。高層ビルの最上階の窓にも、雪が打ち付けられて跡がついている。

一番は娘の(あかね)宝条珀(ほうじょうはく)と婚約させるのが手っ取り早い。そうすれば、宝条の持っている情報も易々と手に入れられる。多少のリスクは負うが、それでもなお、メリットに比べれば小さいものだ。

全ては月城、引いては全ての人間の安泰のためだ。和樹は大義のために戦っている。そう、固く信じている。

茜との縁談の申し込みを何度も入れているが、やはり不可侵を理由に断られてしまう。それに、宝条珀は女嫌いと聞く。無理やり結婚を申し込むのは難しいのかもしれない。

だから、和樹は別の手を打っていた。そもそも家柄を見るに、宝条珀と釣り合う女が当時は3人しかいなかった。茜と浅桜家の孫、浅桜美麗(あさくらみれい)、そして神楽家の娘、神楽鈴葉(しがらきすずは)である。こうなる前は。

茜が無理なら他の2人に婚約してもらおう。その協力を口実に婚約した後に情報を回して貰えばいいのだ。

和樹はまず浅桜家に近づいた。美麗の方が鈴葉よりも能力が強いから、より婚約者としてふさわしいと宝条が判断する可能性に賭けて、である。

「うちの茜は縁談を申し込んでも全て断られてしまってね、もう諦めてしまいました。他の男性を探すことにしますよ。不可侵条約もあることですしね。そちらの美麗嬢は珀くんとの婚約をお望みなのでしょう?では神楽家の鈴葉嬢とは恋敵なわけだ、はははは。」

そう言いながら、和樹は神楽琴葉(しがらきことは)の委細な情報を差し出した。これを使って神楽家を貶めろ、ということだ。浅桜家の当主は長年のライバルを蹴落とせると笑みを深めていたのをよく覚えている。

結果がこれだ。浅桜が琴葉をパーティーに招待し、その時の出会いがきっかけで珀と琴葉は結ばれたというではないか。運命など1ミリも信じていないが、何か人智を超えたものを感じてしまって悔しい。

浅桜美麗と珀を近づかせることはできなかった。だが、神楽琴葉がかなり強力な能力を発現したと聞いて、胸が踊った。今度は神楽家と手を組もう。宝条をうまく倒せば、その後は神楽(しがらき)を潰すだけだ。琴葉の力を我がものにし、月城は貴族のトップとなる。

和樹は神楽家当主、神楽玄(しがらきはじめ)の能力である”コンダクター”について存在する文献を片っ端から読み漁った。実際の戦闘映像も研究した。そして、当主としての手腕もしっかり見定めた。

忍ばせておいたスパイを使って、魔形軍隊の関連施設の様子を見る自分の写真を神楽家に渡す。そう、全ては釣りだったのだ。

案の定、神楽家は月城に接触してきた。茜を呼んだのには流石に声を出して笑ってしまったが。当主ではなくか弱い15歳の娘に会合を申し込むなど、聞いたことがない。和樹の手腕に恐れをなしたのだろう。娘なら丸めこめると判断したのかもしれない。それすらも全て、和樹の掌の上だというのに。

結果として、うまく神楽家との契約を取り付けることができた。青い顔をして帰ってきた茜には申し訳なかったが、精一杯褒めてあげたから許してほしい。貴族界とはそういう場所なのだから。

勝てる保証はしたつもりだ。月城の最先端研究の産物である「死者の能力を生者に付与する技術」を使って、神楽家当主ともう1人に新しい能力を授けた。

全てうまくいく。なぜなら、神は死んだのだから。神の意志に従うだけの家畜どもから人間を救うだけだ。そこにあるのは大義だ。

バタバタと足音がする。和樹は我に返って目の前の書類を見直す。慌てたノックが聞こえ、入れと返事をした。

「ご報告です!たった今、月城魔形軍隊、稼働中の50体が全滅!神楽家当主、神楽玄(しがらきはじめ)殿が宝条家当主、宝条珀(ほうじょうはく)氏と相討ち状態になり重症を負ったとの情報が入りました。」

和樹が顔をしかめる。

「なんだと。全滅だと?それに神楽(しがらき)の当主がやられたと言ったのか?」

気迫に気押され、報告に来た部下が真っ青になる。

「は、はい。なんでも、宝条家の連携で宝条珀氏が最大威力の攻撃を放ったようでして、それに撃たれたようです。また、その瞬間、浄化が入ったようで、50体全てダウンしました。」

和樹は思わず机に拳を打ち付ける。ドンっと大きな音がして、部下が震え上がるのが見てわかったが、それどころではない。

「直ちに50体全ての人造魔形を回収せよ!1体たりともその場に残すな!転移機能を使ってすぐに回収するんだ!」

勢いよく返事をして部下が慌てて部屋を出て行った。

まずは証拠を一つも残さないことが大事だ。今回の戦闘は全て神楽家が勝手にやったことにすればいい。宝条が月城の存在に気づいていようと、その証拠を掴めないことには、世論を味方につけることはできないのだから。

まだ何も落ちていない、この掌の上からは、まだ何も。