宝条家現当主、宝条一史(ほうじょうひふみ)は、息子である(はく)が搬送された病院に向かった。

戦いはひとまず終わったと言える。一史が祝詞を奏上して、琴葉(ことは)神楽(かぐら)を舞った結果、これまで全然発動していなかった能力が発動され、願いが神に届いたようだった。琴葉の全身から淡い光の粒が立ち上って、天まで届きそうになった瞬間、力尽きたように華奢な少女は本殿の床に倒れ込んでしまったのだ。おそらく、能力発動による体力消耗だろう。

琴葉を運ばせ、穂花(ほのか)に看病を頼む。配信で戦闘の様子を見ながら、本殿を守る結界を維持していた白井暁人(しらいあきと)に状況を簡潔に説明してもらった。

珀の威力最大の攻撃が敵の魔形を一掃したと同時に、向こうから神楽玄(しがらきはじめ)が出てきて、何やら攻撃を放ったらしく、前線にいた珀が重症。一方で、珀の攻撃は玄にも効いていたため、あちらも総指揮を失った状態となり、戦況を複雑にしていた神楽家の者たちが戦意喪失して逃げ帰って行ったようだ。こちら側は重症者を救急搬送し、軽傷者は各家に車等を使って送り届け、回復能力を持つ者に処置を任せているとのことだった。

基本的に、貴族は家に回復担当の人間を雇っている場合が多い。日々戦闘を繰り返す能力者にとって、できるだけ素早く怪我の処置を施すことは非常に重要である。

重症の場合は、能力者専用の病院へと救急搬送される。都内の能力者専用病院の中でも、緊急性の高い患者はセントラル病院の能力者専用科に任される。だから、今珀はそこにいるのだ。一史は急いでセントラル病院へと移動した。

辿り着くとすぐに集中治療室に入っている珀の元へと急ぐ。隼人も意識を失って同じ病院に運ばれたため、暁人に様子を見に行かせた。

幸い、命に別状はないようだ。とはいえ、病院のベッドで眠る息子を見るのは心苦しい。貴族同士の戦闘はここ数代の間はなかった。そんな中、自分の代で戦争が始まってしまったのだ。一史は自分のやってきたことのどこにそのきっかけがあったのか、どうしても考えてしまう。

息子が大変な思いをしているのにも関わらず、宝条家現当主としての最優先事項はこの戦争の後処理をどうするか考えることだ。人の親としての感情を押さえ込んで、仕事を優先しなくてはならないこの立場に、改めてため息が出た。

仕事をしながらでも、そばにいてやろうと思い、しばらくは病院に居座ることにした。1000年に1人の逸材として、この人手不足の魔形討伐界隈を牽引しているとはいえ、まだ18歳の青年なのだ。あまり戦闘力の高くない一史は、息子に色々なものを背負わせすぎてしまったとこれまでの行いを後悔する。

ICUのすぐ近くのベンチに座り、続々と上がってきている報告書に目を通していると、暁人が戻ってきた。

「隼人くんは大丈夫だった?」

「ええ。能力の使いすぎで倒れただけのようです。本家に送っても良かったかもしれませんが、先生曰く、少し様子を見てから退院した方がいいとのことで……。その……過労がたたっていると……。」

「そうか……。隼人くんにも重いものを背負わせてしまっているなぁ……。この機会に、というと語弊があるかもしれないけれど、しっかり休養をとってほしいね。」

目を瞑り、頷く暁人。

「珀様は、いかがでしょうか?」

「珀くんも命に別状はないみたいだよ。傷を塞いで、しばらくしたら意識が戻るだろうって。」

良かったです、と暁人が呟くように言う。いつも緩い雰囲気を出している一史だったが、今回ばかりはそうとも行かず、暁人も少し対応に困っているようだ。

「配信と報告書の情報を照らし合わせて、気になる点がいくつかあるのですが、報告よろしいですか?」

少し気まずい沈黙を破って、暁人が報告を始める。周りに聞かれないよう、音漏れ防止の結界を張って。

「まず1点目ですが、配信を見ていて疑問だったのは、普通の魔形は討伐を終えたら跡形もなく消えますが、今回の魔形は一切消えていないということです。しかし、隼人が倒れて結界が解けたとき、もう一度魔形を確認すると、すでに全部いなくなっていた、と。報告書には数人がそう書いているので、間違いないようです。普通の魔形はこのように時間差で消えるなどあり得ません。これは私の予想ですが、おそらく、あの噂の真偽が明らかになったということでしょう。」

「月城魔形軍隊だね。」

「その通りです。人工的に生み出した魔形だから、消えることがないのでしょう。つまり、今回の戦争は、月城と神楽(しがらき)が手を組んで宝条に背いたと考えるのが妥当です。」

険しい顔で頷く一史。普段は笑顔を絶やさない一史も、今回ばかりは眉間にシワが寄っている。整った顔で渋い顔をすると、気迫がすごい。珀はこれを受け継いだのだろう。

「そして、2点目ですが、珀様はどうも神楽玄(しがらきはじめ)本人の攻撃によって倒れられたとのことでして。神楽家当主殿の能力はコンダクター、すなわち自ら攻撃をすることは不可能です。ですが、珀様は神楽家当主殿と相討ちになって怪我を負ったという報告が上がっていますし、私も配信で見た限りは、玄殿本人が何らかの攻撃を仕掛けたように見えました。そして、被害の状況を鑑みるに、すでに亡くなっている神楽佑(しがらきたすく)の”音を仮想質量に変換する能力”と同じものが発動されたようなのです。」

一史の眉間のシワが深まる。

「つまり、神楽(しがらき)、もしくは月城は、死者の能力を生者に付与する方法を持っている、と。」

「どうもそのようです。そして、最後にもう一点。これも似たような話なのですが……。」

暁人は言葉を探すように目を泳がせる。

「こちら側からスパイとして送り込んでいたはずの八重樫音夜(やえがしおとや)が、どうも神楽(しがらき)の手に落ちたようでして……。浅桜(あさくら)家の令嬢の証言なので、確かかどうか分かりませんが、もともと持っているであろう光の能力は一切使わず、離れた場所から隼人を落とそうとしたようで。そこを美麗嬢が助けたとのことです。神楽(しがらき)の何らかの能力を付与されたと考えれば、辻褄が合います。」

そう、実は楽師である八重樫音夜はスパイとして動いていた。一史の命令によって。音楽の道で活躍している音夜は、同じく音楽の道を志している神楽家のあまり強くない能力者との繋がりがある。神楽家の持っている情報を得るため、そしてこちら側の持っている情報がどこまで流れているか知るために、スパイとしての任務を与えていたのだ。

「いや、二重スパイの可能性も考えられる。僕は音夜くんが宝条を裏切るようなことはしないと思うよ。今は彼は神楽(しがらき)の方にいるんだね?まあ、ひとまず新しいスパイを送り込むとして、様子を見てみよう。」

スパイという役柄は、相手の信頼を得るために味方を欺くことも必要だ。それをわかっている一史は、確定していないことは結論づけるべきではないと判断する。

そこから数時間、一史と暁人は必要な情報を集めつつ、今後の内政について話し合った。その間、珀は一向に目を覚まさなかった。