音の増幅の能力を持っているであろう神楽家の能力者の一撃が、貴族同士の戦闘の狼煙だった。数人の能力者が為す術もなく突然吹っ飛ばされたのが、珀に戦況を聞いていた隼人の目に映る。結界を張るために近くの魔形をいなしながらそちらに近づいた。
相手が人間であろうと、敵になってしまったのなら仕方がない。歯を食いしばり、擬似ブラックホールをその神楽家の人間に向かって打ち込む。これを喰らってはひとたまりもないだろう。貴族の地位をめぐる争いは初めてではないが、人間同士の戦闘は初めての隼人は、人間を殺したことの罪悪感に身震いした。
ひとまず被害者の周りに結界を張り、また木々の間を縫うようにして主の元へと戻った。敵が神楽家であることを伝えなければ。
「珀!神楽が襲撃してきた!」
そう伝え残し、音を遮断する結界を自分に付与する。音のない世界での戦闘は思ったよりも精神をすり減らすが、状況が状況だから仕方がない。
魔形の攻撃を避けるだけでも精一杯だ。擬似ブラックホールはそう何度も繰り出せる技ではない。被害者や自分に結界を張りながらだとかなり体力を消耗する。
何か打開策はないか、考えをめぐらせる。戦闘はたくさんこなしてきたが、1000年に1人の逸材との共闘が常だったため、ここまで劣勢に立たされたことはない。焦りが思考を鈍らせる。
周囲を観察し、状況を冷静に把握しようと努める。上から見下ろせば、戦況がわかるはずだと、木に登った。魔形は全て森の中に移動させることができたようだ。味方が踏み潰されたり、攻撃を喰らって倒れていたりするのが見える。被害を抑えるために、その人たちの周りに結界を張る。すでにいくつか結界を張っていて、並列処理をするのが厳しくなってきた。これ以上被害者が増えると厳しいかもしれない。
魔形は統率の取れた動きをしているようだ。神楽家が襲撃してきたということは、魔形を操っているのは当主の玄なのだろう。コンダクターの能力を適用して人間を襲わせているのだ。
普段の戦闘と魔形の動きが異なるため、能力者もやりにくそうだが、とはいえ皆熟練の者たちだ。魔形には対応できている、魔形には。
問題は所々に現れては攻撃を繰り出し、姿を消すように動いている神楽家の面々だ。そもそも、森に魔形を誘導したのだから、珀が最大威力の攻撃をかませば一掃できるはずなのだ。でも、神楽家の能力者たちの巧みな戦闘で、能力者がてんでばらばらに戦わざるを得なくなっている。これでは信号を出したところで、珀の攻撃に巻き込まれる人が出てしまう。
まずは神楽家を片づけなければならない。隼人は珀と同じ結論に達したのだった。
その時、急に頭に声が響いた。
『宝条の付き人は木登りがお上手だねぇ。』
ハッとして別の木に飛び移りながら辺りを見渡す隼人。しかし、敵の姿が見えない。聞いたことがある声のような気がする。
『こっちだよ、木には登れても結界を張るしかできない付き人くん。』
本来なら、声のする方向を向けばいいはずなのに、頭に直接語りかけられているせいで、どこにいるのか皆目見当もつかない。
「俺に何の用だい?」
『うーん、用なんてないよ。遊びたいだけだね。』
ふざけたように言う。食えないやつだ。神楽家にこんな人間がいただろうか。
「俺がブラックホールを打ち込めば君はひとたまりもないのに、何がしたい?」
『付き人くんはさっき人を殺したみたいだけど、どうだった?自分の力で人間が跡形も無くなっちゃったんだよ?』
頭に響く声が心臓に重くのしかかるような感覚になる。そういう能力なのか、はたまた罪悪感がそうさせているのか。
『心が荒れてるよ、付き人くん。罪悪感でやられちゃったかな?そんなんで僕が殺せるかなぁ?』
緩い喋り方に聞き覚えがある。そんな、まさか……。いや、だってあの人は宝条一族の出身で……。
混乱してさらに心が掻き乱される。精神干渉系の力を持っているのか。自分は結界を張っているから逃げればいい。でも、逆にこの人を逃して仕舞えば、能力者たちが戦えない状態になってしまう。最悪、味方を殺し始めかねない。精神干渉の力はそれだけ強いのだ。
『音楽って素晴らしいよね。僕は音楽の可能性に夢見ているんだよ。僕の力は音楽をかなり広い意味で捉えているものなんだけれどね。どう思う?付き人くん。』
言葉が質量を伴っているかのように心臓が沈んでいく。体を動かそうにも動けない。必死で頭を回すが、打開策が浮かばない。宝条に全身全霊を捧げる白井家の次期当主がこのザマだ。そんな自嘲が浮かぶくらいには隼人はおかしくなっていた。
『答えてくれないのかぁ。まあ音楽についてはまた今度語ろうか。今は落ちてもらおう。』
脳がシャットアウトしたかのような感覚に陥る。でも、その次の瞬間にはその感覚は無くなっていた。
動きがあった方を見ると、狐の面を被った敵が木から落ちていった。代わりに枝の上には、カラフルなヘッドフォンをつけた浅桜美麗がいた。
敵か味方か判断しかねている隼人に、美麗が鶴の形に折られた折り紙を投げて寄越した。警戒する隼人の目の前で折り紙は開き、文字が浮かび上がる。もう一度木の枝を見遣ると、すでに美麗はいなくなっていた。
『配信で戦況を見て当主が私、美麗を遣わしました。神楽を倒すのを手助けいたします。信じなくても構いませんが、邪魔はしないでいただきたいです。』
不思議な現象を目にして少し面食らう隼人。浅桜美麗の能力は”絵描き”。絵画に関する能力を代々継ぐ浅桜家において最強と謳われる力だ。血を含んだ絵の具で描いた絵を現実にすることができるという能力。美麗が描けると感じたものは大抵現実にすることができるというから、理論が通じない。含む血の濃さで現実にできる範囲が広がるらしいが、とはいえ限界はあると聞く。
今の折り紙はどうやって描いたんだ?という疑問が浮かぶも、戦闘中に必要ない思考だと思い直し、隼人はもう一度戦況を確認する。すると、美麗が華麗な身のこなしであちらこちらに散らばっていた神楽家の能力者を1人ずつ倒していくではないか。
どうやら味方らしい。以前、琴葉を攫った時は神楽鈴葉と手を組んでいたというのに、どういうことだろうか。
だが、美麗はかなり強い。味方になってくれるならありがたい話だ。実際、隣の木の下には先ほどの精神干渉野郎が落ちている。生きているかはわからないが、戦えない状態なのは明らかだ。
神楽家の能力者の数が減って、こちら側の能力者はかなり戦いやすくなったようだ。上から見ていてわかる。新しく出た被害者に結界を付与しつつ、すでに張っている結界の維持も続ける。体力的に厳しい戦いだ。
そろそろいいだろうか、と珀の最大威力の攻撃のための信号を出すタイミングを計り始める隼人。宝条家には光を扱える能力者が多いから、戦闘では情報共有に光を使った信号が使われる。緑の光を打ち上げれば、「総員、下がれ」の合図、その次の黒の光で珀の攻撃が繰り出される。珀が遠慮せず敵を葬り去るために考えられた作戦なのだ。
頃合いを見て、空に向かって緑の光を放った。強めの光を。雪が舞う白い空では光が見えづらいからだ。
宝条の面々が気づいて、周囲の味方を下がらせる。珀が調整に入ったのが見えた。数十秒後には、珀が全能力者の先頭に立っている状態になる。それを確認して、隼人は準備完了の黒の光を打ち上げた。白く舞う雪によく映える真っ黒の一筋の光。
珀が手を前に出す。あとは珀のタイミングに任せるだけだ。
そう思ったのだが。隼人は慌てて赤の光を打ち上げる。何らかの事情で作戦の実行が困難だという合図である。神楽玄が出てきたのが遠くに見えたのだ。本陣の場所を突き止めたが、何か自身が攻撃を繰り出そうとしているのが見える。玄は操るだけで本人が戦うことは基本ないから、逆に何かあると隼人にはわかった。
だが、赤の光が打ち上がるのと、珀が光と闇の攻撃を繰り出すのはほぼ同時だった。0.02秒。人間の反射には限界がある。光が上がるのにも刹那が必要なのだ。
珀の攻撃で辺りは鋭い閃光に包まれる。戦いの終わりを告げるかのような希望の光である。しかし、それと同時に珀がゆっくりと後ろに倒れるのが、隼人には見えた。全てがスローモーションのようだった。サーっと血の気が引くのがわかった。
相手が人間であろうと、敵になってしまったのなら仕方がない。歯を食いしばり、擬似ブラックホールをその神楽家の人間に向かって打ち込む。これを喰らってはひとたまりもないだろう。貴族の地位をめぐる争いは初めてではないが、人間同士の戦闘は初めての隼人は、人間を殺したことの罪悪感に身震いした。
ひとまず被害者の周りに結界を張り、また木々の間を縫うようにして主の元へと戻った。敵が神楽家であることを伝えなければ。
「珀!神楽が襲撃してきた!」
そう伝え残し、音を遮断する結界を自分に付与する。音のない世界での戦闘は思ったよりも精神をすり減らすが、状況が状況だから仕方がない。
魔形の攻撃を避けるだけでも精一杯だ。擬似ブラックホールはそう何度も繰り出せる技ではない。被害者や自分に結界を張りながらだとかなり体力を消耗する。
何か打開策はないか、考えをめぐらせる。戦闘はたくさんこなしてきたが、1000年に1人の逸材との共闘が常だったため、ここまで劣勢に立たされたことはない。焦りが思考を鈍らせる。
周囲を観察し、状況を冷静に把握しようと努める。上から見下ろせば、戦況がわかるはずだと、木に登った。魔形は全て森の中に移動させることができたようだ。味方が踏み潰されたり、攻撃を喰らって倒れていたりするのが見える。被害を抑えるために、その人たちの周りに結界を張る。すでにいくつか結界を張っていて、並列処理をするのが厳しくなってきた。これ以上被害者が増えると厳しいかもしれない。
魔形は統率の取れた動きをしているようだ。神楽家が襲撃してきたということは、魔形を操っているのは当主の玄なのだろう。コンダクターの能力を適用して人間を襲わせているのだ。
普段の戦闘と魔形の動きが異なるため、能力者もやりにくそうだが、とはいえ皆熟練の者たちだ。魔形には対応できている、魔形には。
問題は所々に現れては攻撃を繰り出し、姿を消すように動いている神楽家の面々だ。そもそも、森に魔形を誘導したのだから、珀が最大威力の攻撃をかませば一掃できるはずなのだ。でも、神楽家の能力者たちの巧みな戦闘で、能力者がてんでばらばらに戦わざるを得なくなっている。これでは信号を出したところで、珀の攻撃に巻き込まれる人が出てしまう。
まずは神楽家を片づけなければならない。隼人は珀と同じ結論に達したのだった。
その時、急に頭に声が響いた。
『宝条の付き人は木登りがお上手だねぇ。』
ハッとして別の木に飛び移りながら辺りを見渡す隼人。しかし、敵の姿が見えない。聞いたことがある声のような気がする。
『こっちだよ、木には登れても結界を張るしかできない付き人くん。』
本来なら、声のする方向を向けばいいはずなのに、頭に直接語りかけられているせいで、どこにいるのか皆目見当もつかない。
「俺に何の用だい?」
『うーん、用なんてないよ。遊びたいだけだね。』
ふざけたように言う。食えないやつだ。神楽家にこんな人間がいただろうか。
「俺がブラックホールを打ち込めば君はひとたまりもないのに、何がしたい?」
『付き人くんはさっき人を殺したみたいだけど、どうだった?自分の力で人間が跡形も無くなっちゃったんだよ?』
頭に響く声が心臓に重くのしかかるような感覚になる。そういう能力なのか、はたまた罪悪感がそうさせているのか。
『心が荒れてるよ、付き人くん。罪悪感でやられちゃったかな?そんなんで僕が殺せるかなぁ?』
緩い喋り方に聞き覚えがある。そんな、まさか……。いや、だってあの人は宝条一族の出身で……。
混乱してさらに心が掻き乱される。精神干渉系の力を持っているのか。自分は結界を張っているから逃げればいい。でも、逆にこの人を逃して仕舞えば、能力者たちが戦えない状態になってしまう。最悪、味方を殺し始めかねない。精神干渉の力はそれだけ強いのだ。
『音楽って素晴らしいよね。僕は音楽の可能性に夢見ているんだよ。僕の力は音楽をかなり広い意味で捉えているものなんだけれどね。どう思う?付き人くん。』
言葉が質量を伴っているかのように心臓が沈んでいく。体を動かそうにも動けない。必死で頭を回すが、打開策が浮かばない。宝条に全身全霊を捧げる白井家の次期当主がこのザマだ。そんな自嘲が浮かぶくらいには隼人はおかしくなっていた。
『答えてくれないのかぁ。まあ音楽についてはまた今度語ろうか。今は落ちてもらおう。』
脳がシャットアウトしたかのような感覚に陥る。でも、その次の瞬間にはその感覚は無くなっていた。
動きがあった方を見ると、狐の面を被った敵が木から落ちていった。代わりに枝の上には、カラフルなヘッドフォンをつけた浅桜美麗がいた。
敵か味方か判断しかねている隼人に、美麗が鶴の形に折られた折り紙を投げて寄越した。警戒する隼人の目の前で折り紙は開き、文字が浮かび上がる。もう一度木の枝を見遣ると、すでに美麗はいなくなっていた。
『配信で戦況を見て当主が私、美麗を遣わしました。神楽を倒すのを手助けいたします。信じなくても構いませんが、邪魔はしないでいただきたいです。』
不思議な現象を目にして少し面食らう隼人。浅桜美麗の能力は”絵描き”。絵画に関する能力を代々継ぐ浅桜家において最強と謳われる力だ。血を含んだ絵の具で描いた絵を現実にすることができるという能力。美麗が描けると感じたものは大抵現実にすることができるというから、理論が通じない。含む血の濃さで現実にできる範囲が広がるらしいが、とはいえ限界はあると聞く。
今の折り紙はどうやって描いたんだ?という疑問が浮かぶも、戦闘中に必要ない思考だと思い直し、隼人はもう一度戦況を確認する。すると、美麗が華麗な身のこなしであちらこちらに散らばっていた神楽家の能力者を1人ずつ倒していくではないか。
どうやら味方らしい。以前、琴葉を攫った時は神楽鈴葉と手を組んでいたというのに、どういうことだろうか。
だが、美麗はかなり強い。味方になってくれるならありがたい話だ。実際、隣の木の下には先ほどの精神干渉野郎が落ちている。生きているかはわからないが、戦えない状態なのは明らかだ。
神楽家の能力者の数が減って、こちら側の能力者はかなり戦いやすくなったようだ。上から見ていてわかる。新しく出た被害者に結界を付与しつつ、すでに張っている結界の維持も続ける。体力的に厳しい戦いだ。
そろそろいいだろうか、と珀の最大威力の攻撃のための信号を出すタイミングを計り始める隼人。宝条家には光を扱える能力者が多いから、戦闘では情報共有に光を使った信号が使われる。緑の光を打ち上げれば、「総員、下がれ」の合図、その次の黒の光で珀の攻撃が繰り出される。珀が遠慮せず敵を葬り去るために考えられた作戦なのだ。
頃合いを見て、空に向かって緑の光を放った。強めの光を。雪が舞う白い空では光が見えづらいからだ。
宝条の面々が気づいて、周囲の味方を下がらせる。珀が調整に入ったのが見えた。数十秒後には、珀が全能力者の先頭に立っている状態になる。それを確認して、隼人は準備完了の黒の光を打ち上げた。白く舞う雪によく映える真っ黒の一筋の光。
珀が手を前に出す。あとは珀のタイミングに任せるだけだ。
そう思ったのだが。隼人は慌てて赤の光を打ち上げる。何らかの事情で作戦の実行が困難だという合図である。神楽玄が出てきたのが遠くに見えたのだ。本陣の場所を突き止めたが、何か自身が攻撃を繰り出そうとしているのが見える。玄は操るだけで本人が戦うことは基本ないから、逆に何かあると隼人にはわかった。
だが、赤の光が打ち上がるのと、珀が光と闇の攻撃を繰り出すのはほぼ同時だった。0.02秒。人間の反射には限界がある。光が上がるのにも刹那が必要なのだ。
珀の攻撃で辺りは鋭い閃光に包まれる。戦いの終わりを告げるかのような希望の光である。しかし、それと同時に珀がゆっくりと後ろに倒れるのが、隼人には見えた。全てがスローモーションのようだった。サーっと血の気が引くのがわかった。