住宅街のあちらこちらで暴れる大量の魔形を自分の手につく範囲から片付けていく。地道な作業だ。力任せに能力をぶっ放すだけでいい普段の戦闘とは違い、住宅を壊さないように細かいコントロールをしなくてはならない。精密な能力操作は神経を擦り減らす。

珀を始め、宝条家は基本的に強い能力者が揃っているため、今のところ問題なく討伐を進めることができているが、宝条家以外の能力者がすでに疲弊してきている。戦線離脱も時間の問題だろう。

「珀!戦況は!」

避難誘導が終わったらしく、隼人が数人の能力者を引き連れて前線にやってきた。

「隼人か!討伐自体は順調だ。だが、住宅を壊さないようにコントロールが必要で、このままではこちら側が削られて終わってしまう。とにかく魔形を少しでも住宅街から引き離せ!」

魔形が暴れ、建物の倒壊の音で情報共有もままならない。大声を張り上げて現状を伝える珀。それを周囲に伝えている隼人が見えた。

「それと、よくわからんがなんか違和感が「うわあああああ!!!!」」

対峙した瞬間から感じている違和感を隼人に伝えようとしたその時、左の方から叫び声が聞こえた。同時に前線の端の方で数人が吹っ飛ばされるのが見える。

「なんだ!?」

結界を張るのが得意な隼人が援護に駆けつける。珀が目の前の敵を片付けていると、しばらくして隼人が慌てて戻ってきた。

「珀!神楽(しがらき)が襲撃してきた!」

珀の顔が険しくなる。出動要請に全く返事をしない神楽家に、離反の予感はあった。その瞬間、珀は全てを悟った。

「これは……神楽玄のコンダクターか!」

ずっと感じていた違和感。普通は自由に動き回る魔形が、まるで訓練されているかのような統率の取れた動きをしている。何かに操られているような不自然さがあったのだ。

玄の能力はタクトを振ることで魔形を服従し、意のままに操るものだ。以前、本家に突撃した時に使われたような、魔形のストックをまた出してきたのだろう。それにしては魔形のレベルが高い気がするが……。どこで集めたというのだろう。

そうこうしているうちに、珀の近くにも神楽家らしき者が襲ってくる。狐の面で顔の半分を隠しているその男は、一軒家の屋根に飛び乗って笛を鳴らしながら攻撃を華麗に避ける。かなりの手練れだ。

音をシャットアウトしなければならない。笛が見えた瞬間に音を遮断する結界を張る。同時に笛を狙って攻撃を繰り出すが、避けられてしまう。

「総員!耳を塞げー!」

できる限りの大声で音を遮断するよう伝える。一時的に身を隠し、耳栓を取り出して着用する者、戦闘用スーツのフードを耳当て代わりにする者、手で耳を塞ぎ、神楽(しがらき)から距離を取る者、様々いた。迅速な対応ではあったが、神楽(しがらき)側も手練ればかりで、数人の味方がバタバタと倒れるのが見える。

能力者の奮闘で、魔形自体は住宅街から近くの森に誘導することができた。数もだいぶ減らすことができている。ここからは精密な能力コントロールよりも威力に全振りできるから、多少やりやすくなるだろう。

とはいえ、状況はあまり良いとは言えない。住宅街で周りに気を遣いながら、そして音を遮断しなくてはならない状況で、バランスを保ちながら能力を使い続けるのは相当な体力を使う。すでに気力で戦っているという感じだろう。体力お化けの珀も、東京から現地まで転移してきたのと周囲の能力者に付与して結界を維持するのに体力がどんどん削られていくのを感じていた。

暖かい日であればまだ良かったのだろうが、冷え込んだ空気に余計体力は奪われていく。光の力は、照射することで回復の役割を果たすが、体力は回復してくれない。傷が癒えるだけだ。

それに、森は魔形相手なら戦いやすいが、人間との戦闘はやりづらい。特に神楽家は楽器を使いながらの戦闘スタイルが多いが、その分敵から姿を隠しながら戦うのには慣れている。木々が生い茂るこの辺りは彼らにとってうってつけの場所なのだ。

早く終わらせないと。珀は回らなくなり始めた頭で考える。光と闇を同時に打ち出すことができれば、周辺の魔形を一掃することができるだろうが、音を遮断している周囲の味方を巻き込んでしまう。力が強いというのはこういう時に不便なのだ。隼人を呼びたいが、神楽家の参戦で少し離されてしまった。

とりあえず、音の攻撃が邪魔だと判断して、前線に出てきている神楽の者を先に潰すことにした。

※ ※ ※

一方その頃琴葉は、リアルタイムで戦況を配信している魔形討伐界隈専用のシステムで山梨の討伐を見ていた。部屋には一史と穂花もいる。先ほどまで一緒にいた使用人とメイドたちは戦闘後の能力者たちの手当を想定して必要な準備に奔走していた。二度目の襲撃の可能性を鑑みて、建物の外には出ないように一史から命令が出ているから、屋内で、だが。

「まずいなぁ……。やっぱり神楽家か。だけど、神楽だけじゃない気がするんだよなぁ。」

一史が呟く。ちなみに、一史が戦闘に向かわないのは、別の魔形討伐案件に対応できるようにするためだ。一つの討伐に全ての人員を割くわけには行かない。

琴葉は珀が心配で心配でたまらなかった。この社会で貴族が優遇されているのは、魔形との戦闘で危険な目に遭うからだ。命を差し出す代わりに地位をもらっているようなもので、いつ討死するともわからない。それだけ危険な仕事なのだ。

珀は強い。1000年に1人と言われる逸材で、それを自分でもネタにするくらい強い。でも、その強さを理由に多くのものを背負わされている。この数ヶ月、近くで珀を見ていてそう感じるのだ。琴葉に甘えることはあっても、決して弱音を吐くことはない。いつも平気そうな顔をしている。

でも、平気なはずがないのだ。きっといろんなものを1人で抱え込んでいるんだろう。

そんな珀を支えるべきなのは誰だ?支えられるのは誰だ?自分じゃないか。琴葉は葛藤する。隣に立つのにふさわしい女性に、と言った。隣に立つべきは今なんじゃないのか。今助けられなくて、いつ並び立てるというのか。

どうやって?

決まっている。神楽を舞うんだ。発動できるかはわからないけれど、自分が魔形との戦闘で珀を助けられるとしたら、神楽の力を使うしかないのだから。

「一史様。お願いがございます。」

配信を見ている一史に向かって頭を下げる。

「私に、神楽(かぐら)を舞わせてください。今、珀様始め能力者の方々がみな苦戦を強いられているこの状況で、私にもできることをしたいのです。神楽(しがらき)の離反は私にも落ち度がありますし……。本殿の前で舞うことをお許しください。」

屋外には出るなと一史が言っているが、舞うなら神に近い場所がいい。本殿の前で踊るべきだろう。

すると、一史がニコリと笑ってこちらを見る。

「琴葉ちゃんは本当に素敵な女性だね。でも、屋外は危険だ。しかも、敵の目的は多分、琴葉ちゃんを取り戻すことだよ。自ら姿を晒すのは愚策だね。だから……。」

言葉を続けるかどうか迷っている様子だったが、一度目を閉じ、決意を固めたように開く。琴葉にはその仕草が珀のそれと重なって見えた。

「宝条の祭壇を開けよう、使うべき時は、きっと今だ。」

穂花の顔がきゅっと引き締まった。宝条の祭壇とはなんだろうか。

「琴葉ちゃん、これは宝条の一部の人間しか知ることのできない秘密だ。宝条本家の本殿は神楽を舞い、祝詞を奏上するための祭壇なんだ。その必要があると当主が判断した時のみ、御扉を開けて使うことになっているんだよ。基本的には、神楽(かぐら)の力を守るために隠しているんだ。詳しい話は戦いが終わった後にしよう、必ず。とにかく、今は琴葉ちゃんの力を信じて、僕が祝詞を読む。琴葉ちゃんはとにかく珀くん始め能力者のためを思って舞ってほしい。」

一史は白井暁人(しらいあきと)を呼び、本殿に結界を張り、本家全体の結界とともに維持するよう指示した。穂花にはいつ本家が襲われても対応できるように、使用人・メイドを束ね、戦闘準備をするように言う。

改めて、琴葉は自分が狙われていることを実感する。本殿の前で舞うというのは非常に軽率な提案だったと思った。

まだ、あれ以来神楽の力を発揮することはできていないが、今の琴葉が不安など表に出している場合ではない。戦っている人がいるのだ。全力を注ぐしかない。覚悟を決め、一史と暁人の後ろをついて本殿へと向かった。