それから、相変わらず忙しい日々が続いた。魔形討伐界隈の人手不足は本当に深刻で、珀は毎週のように討伐出張に出かけている。家にいる時も報告書の作成やら貴族としての仕事をこなしているため、琴葉とゆっくりする時間はあまりない。琴葉は琴葉で戦闘訓練や勉強で1日中活動状態だった。

気づけばあたりの木々は葉が落ち、雪が積もり始めた。12月は最終日である。

珀と琴葉は宝条本家で行われる新年会に参加するため、車で本家へと向かった。大晦日から3日の夜まで、毎晩のように飲み会をするのが宝条の恒例行事らしい。今回は、珀と琴葉の婚約を改めて宝条全体で祝う意味もあるそうで、琴葉は緊張していたが、珀は心配はいらないと言う。

「いらっしゃ〜い!ゆっくりして行ってね。」

「琴葉ちゃ〜ん!久しぶりだね。元気かな?」

一史と穂花の全身全霊の歓迎を受け、使用人が部屋の案内をしてくれた。しかし……。

「は、珀様と同じ部屋なのですか!?」

使用人は真面目な顔をして、そうですと答える。使用人曰く、新年会で多くの人が本家に泊まるため、部屋が足りないのだそうだが、そんなはずないと思う。これだけ広大な敷地なんだから、余りこそすれ、足りないことなんてありえない。

「珀様は……。」

横にいる珀の顔色を窺うも、全く驚いた様子はない。

「琴葉は俺と一緒の部屋が嫌なのか?」

少し眉尻を下げてこんな聞き方をしてくるからずるい。

「で、でも、ベッドが一つしかございません……!」

なんでこんな恥ずかしいことを言わなければならないのか。言わせようとしているとすら思えてくる。

「一緒に寝ればいいだろう。このベッドはキングサイズだぞ。」

そういう問題ではない。琴葉は耳まで赤くして黙りこくってしまった。珀はさも当たり前というように使用人に2人分の荷物を部屋に入れさせ、下がっていいぞと言う。

有無を言わさぬ珀の行動に、反論するのを諦めた琴葉だが、なんとかして床に寝ないといけないと画策を始めるのだった。

※ ※ ※

大広間と言うべきか大宴会場と言うべきか、新年会が行われる部屋はとてつもなく広かった。長テーブルが3つあり、椅子がずらりと並ぶ中、上座に一史と穂花が座っている。少しずつ人が集まってきて、席につく。珀と琴葉は当主夫妻の向かい側の席が割り当てられているため、そこに座った。

しばらくして、会が始まる。一史が今年起きたことを簡単にまとめ、琴葉の紹介をし始めた。一族の視線が一気に集まる。心拍数が上がるのがわかった。

「じゃあ、その琴葉ちゃんから挨拶をもらおうかな。琴葉ちゃん、大丈夫?」

マイクをもらい、ステージのようなところに立つ。

「この度、珀様と婚約させていただきました、神楽家長女の神楽琴葉と申します。ご存知の方も多いと思いますが、私は無能力者として育ち、神楽家では5歳より先の貴族教育を受けることができませんでした。そんな折、珀様に助けていただき、6月から貴族教育を受け始めました。そして8月に神楽の力を発現し、今に至ります。神楽の力について未だわからないことが多く、宝条家の皆様にお力をお貸しいただいて少しずつ練習をしているところでございます。これから先、貴族として、そして1能力者として、珀様を支えるにふさわしい女性を目指し、精進して参りますので、何卒よろしくお願い申し上げます。」

考えてきたセリフをつむぎ、和服を着ている時の注意点を意識しながらゆっくりと礼をする。顔を上げると、皆が拍手を送ってくれる。安心して席に戻った。珀がよくやったと微笑みかけてくれる。

「珀くんが笑っているなんて、琴葉さんにデレデレなんだなぁ!」

「初々しくて素敵ね〜。」

いろんな人から温かい声が飛んできて、受け入れられていることにホッとする琴葉。そこからは、珀の挨拶を経て、食事が始まった。たくさんのメイド・使用人が料理を運んでくる。一人一人の席に豪華な舟盛りが置かれ、控えめな歓声が上がった。他にも天ぷらそばや野菜を使ったおしゃれな小皿たちが並び、どれも頬が落ちるほど美味しかった。

琴葉は全体をなんとなく見渡して、知っている顔がいないか探してみるが、三枝先生くらいしか見当たらなかった。八重樫先生は家族と顔を合わせづらいだろうし、京都に残っている分家は基本神社関係の人たちだから、年末年始開けることができないのだろう。

隣は一史の妹である下総四葉(しもうさよつば)とその夫の席だったため、琴葉は自然と四葉と会話することが多くなった。貴族の中ではあまり地位は高くない下総家に嫁いだ四葉は、姑と上手くいかず、最初の頃は年末年始は下総家に顔を出していたものの、最近はそれもやめて宝条の新年会に戻ってきたらしい。夫は四葉の味方をしてくれ、新年会に着いて来てくれるのだそうだ。

そんな他愛のない話をしていると、徐々にお酒が入った年配の方々が盛り上がってきてボリュームが上がってきた。仕上がってきたな、なんて珀が呟く。

珀も琴葉も未成年だから、もちろんお酒は飲めないため、フレーバー付き炭酸水を注いでもらっている。宴会が始まって数時間が経ち、珀は手洗いに向かった。

周りがお酒をグイグイ行くものだから、一緒に炭酸水を飲みすぎたか、と思いつつ見慣れた本家の廊下を歩く。すると、ちょうど手洗いから戻ってきたのか、宝条の末席に名を連ねる烏丸(からすま)家の当主、烏丸晃司(こうじ)とすれ違う。珀を立てるように礼をした晃司が、どうもビクビクしているように見えて少し違和感を感じた。

手洗いを済ませて宴会部屋に戻ろうとする途中で、廊下に光る何かが落ちているのが見えた。近づいてそれを拾った珀は何か気づいたようにハッとしたのち眉間にシワを寄せ、懐にしまうと足早に部屋に戻る。

その日は何も起こらず、明るい雰囲気のまま年を越し、宴会は終わった。珀は床で寝ようとしていた琴葉を説得してベッドに引き上げ、一緒に寝る。部屋が余っているにも関わらず、琴葉を同じ部屋に泊めようとしたのは、分家がみな琴葉との婚約に本心から賛成しているかどうかはわからないから別室は危ないと判断したからだ。もちろん、珀が一緒に寝たかったのもある。

とはいえ、初めて同じベッドで寝ることになったため、2人とも寝不足のまま朝を迎えることになったのだった。

※ ※ ※

翌日は本家の敷地内にある、天照大御神を祀る本殿にお参りして、また宴会に参加した。元旦だというのに、御扉(みとびら)は閉まっていた。

次の日も、その次の日も宴が行われた。前日までの宴会では騒ぎ足りないと言うように、酒を飲んでは盛り上がる一族を、琴葉は新鮮な気持ちで見ていた。神楽家では見たことのない景色だ。

時折、一史や穂花、四葉に話しかけられて会話をするくらいで、特にすることのない琴葉は、どの席にどのような人が座っているのか観察することで暇を潰した。

だいたいどの長テーブルでも、3つくらいのグループに分かれて盛り上がっているようだったが、一番下座の一家があまり誰とも交流せずにいるのが気になる。末席ということで身分の差を感じているのだろうか。

ここ数日、珀と一緒のベッドで寝ることになり、ドキドキして全然眠れなかった琴葉は、3日の夜の宴会で徐々に眠くなって来てしまった。眠気を覚まそうと化粧室に向かう。そこには末席に座っていた一家の娘と思しき女性がいた。

琴葉は貴族のマナーに従って礼をする。相手も返してくれるものだと思っていたが、一向に頭を下げる様子がない。何か間違ったことをしてしまっただろうかと焦る。

「あなたみたいな方が珀様の婚約者だなんて、あたくしは信じませんわ。このあたくしが嫁ぐ予定でしたのに。用心しなさい、あなたなんてすぐにその座から引き摺り下ろされるわよ。」

吐き捨てるようにこう言ってその人はスタスタと化粧室を出て行ってしまった。しばらく唖然としていたが、マナーに間違いがなかったようでホッとした。ああいう女性は多いから、慣れてきてしまったようだ。

手を濡らして目を覚まし、宴会の席に戻ってからは、女性は特に絡んでこなかった。その夜も珀の隣で緊張してあまり眠れないまま、4日の朝に珀の家に戻る。こうして、初めての宝条新年会が幕を閉じたのだった。