11月14日は琴葉の誕生日である。珀は琴葉に当日喜んでもらえるようなデートプランを1ヶ月ほど前から組み始めていた。しかし、琴葉はあまり好みと言えるものがない。珀が琴葉と行きたいところならあるが、そこに琴葉が行きたいとは限らないし、いつも連れ回しているからたまには琴葉に聞いてみるのもいいかもしれない。そう思い、ある日の夕食時に思い切って琴葉に尋ねてみた。

「誕生日、もうすぐだろ?休み取ろうと思ってるんだが、どこか行きたい場所ややりたいことないか?いつもは俺が連れ回してばかりだからな。」

琴葉は少し考えた後、珍しく自分の意見を言ってきた。いつもこういう質問をするとわからないと返されるだけなので、驚いてしまう。

「そうですね、最近はどこに出るにも護衛が必要なので、護衛なしで2人でゆっくりしたいです。もちろん、私を守ってくださるのもわかっているのですが……。」

確かに琴葉の言い分はもっともだ。誘拐事件から護衛の質を上げ、さらに数を増やした。普段の外出ならば、安全のためだから護衛なしは難しいが、俺がそばで守ることができるデートならば、護衛をなくしてもやりようはあるかもしれない。

琴葉の希望を叶えるべく、珀は張り切ってデートについて色々考えたり調べたりしていたのだった。

※ ※ ※

誕生日当日。珀は前日遅くまで仕事をしており、琴葉も睡眠時間を削って勉強していたため、少し遅めの起床となった。デートの時間が少なくなるのは、トップ貴族という立場上仕方のないことで、珀も琴葉もそれは理解している。

これまで行ったことのないホテルの最上階のレストランでランチをした後、珀は琴葉をとある庭園へと連れて行った。いつも庭園ばかりだと飽きられてしまうかもしれないと思い、今回は趣向を凝らしている。

ここまでは護衛つきだったが、ここからは護衛なしでデートをする。そう伝えると、琴葉の顔がほころんだ。でもすぐに怪訝そうな顔になる。

「護衛なしがいいとは申し上げましたが、あの、大丈夫なのでしょうか?」

珀は笑って答える。

「大丈夫だ。俺をなんだと思ってるんだ?1000年に1人の逸材だぞ。それに、ちゃんと結界も張る。」

自信満々でこう言うと琴葉は少し笑って頷いていた。庭園の入り口で能力を発動する。中にいる者に敵意のある者が通れない結界だ。張った珀自身は、結界を出入りする人がいるとすぐにわかる。これで琴葉を守ることができる。はっきり言っていつもつけている護衛よりも強い。

ただ、庭園の外には護衛が配置されていて、何かあった時に連携を取れるようにはなっている。完全に護衛なしというわけではないが、こればかりは仕方ない。

庭園に入ると、色とりどりの花が美しく並んでいて、圧巻だった。早速、琴葉と花の写真を撮る。冬が近づいてきているため、外気温は低めで肌寒いが、この庭園は温室になっているようで、囲いがついており、中は温かい。

庭園の真ん中まで進むと、2人用のおしゃれなベンチが用意してある。

「貸し切り……なのですか?」

琴葉がそのベンチを見て不思議そうに聞く。

「あー、まあ貸し切りといえば貸し切りだが。ここはそもそも宝条の所有地なんだ。だから、2人で過ごしたいと言えば事前にこうやって準備してもらえる。」

納得したように頷く琴葉。最初の頃は宝条の力の及ぶ範囲によく驚いていたが、最近はそれも当たり前だと思うようになってきているようだ。それだけ一緒にいるということに思わず口角が緩む珀。

ベンチに座り、しばらく沈黙が続く。2人とも無口な方なので、あまり会話が続くことがない。ただ、今日は珀がそわそわしていた。珀には今日琴葉に話そうと思っていることがあるのだ。いつどうやって切り出そうかと考えているというわけだ。

「最初にお会いした時も、こうやってベンチで花を愛でながらでしたね。」

琴葉が沈黙をやぶった。

「俺が愛でているのは琴葉だけだ。」

「ふふっ、花も愛でてください。素敵な花がたくさん咲いていますよ。」

再び沈黙。今度は意を決して珀が口を開く。

「実はな、今日はお前に伝えたいことがあるんだ。」

琴葉は黙って聞いている。続けていいということだろう。

「俺が9歳の時の話だ——」

俺は社交パーティーが大嫌いだった。宝条家の一人息子ということで、物心着く頃にはすでに俺の立場に擦り寄ってくるやつがたくさんいて、面倒だったからだ。そういうやつは目でわかった。目が濁り切っているんだ。

俺はとあるパーティーに参加した。神楽家が主催のものだ。宝条と神楽の関係性を踏まえて、次期当主が参加しないのは不適切だから、俺は欠席するわけにいかなかった。渋々といった形でパーティー会場に向かい、挨拶回りを済ませた。

途端、擦り寄ってくる数々の女たち。当時すでに俺と一緒にいた隼人に女の相手をさせていたが、キリがなかった。それに寄ってくるのは婚約目当ての女だけではなく、金や地位欲しさに目が眩んだ男もたくさんいた。いつも通り適当にいなしていたが、ひっきりなしに訪れる濁った目の奴らに嫌気がさして、俺は逃げたんだ。

それまではそんなことしなかったし、その後もしばらくはそうするのは辞めた。宝条の次期当主の姿が見えないっていうんじゃ、主催者に失礼だからな。最近では俺の社交嫌いは知られているから逃げ出しても何も思われないが。ただ、とにかくこの時ばかりはどうしても逃げたくなったんだ。

それで、立食パーティーが開かれているホールを抜け出して、どこか空いている部屋で隠れてやり過ごそうと考えた。俺は会場の中を歩き回って、片っ端から部屋を覗くことにした。今思えば本当に大胆で浅はかだったよ。更衣室なんか開けてしまったらどうするつもりだったんだってな。

そうして、隠れるのにちょうどいい部屋を探し始めたんだが、3つ目くらいの扉を開けると、そこに幼い女の子がいた。椅子に座って、何をするでもなく、ただ窓の外を見つめている、自分より年下であろう女の子がいたんだ。

俺はその女の子に見惚れた。その子はほのかに光を纏っていたからだ。蛍みたいで綺麗だと思った。でも、その子は扉を開けた音に反応して一度振り返っただけで、後はすぐにこちらに興味をなくしてまた窓の方に視線を向けてしまった。

「——俺は、恋に堕ちた。俺が琴葉に出会ったのは、浅桜のパーティーが初めてではない。その時が一番最初だ。そして、俺はその時からずっとお前が好きなんだ。」

恥ずかしくて最後の方は話しながら顔が赤くなっていくのがわかった。琴葉の方を向くのがなんとなく怖くて、自分の目の前にある白い花を見つめる。

少しの沈黙の後、恐る恐る隣の琴葉を見ると、驚いた顔をしていた。

「まさか、すでに出会っていただなんて……。」

「ああ。そしてここからは言い訳みたいになるんだが、続きも聞いてくれるか?」

琴葉が頷くのを確認して、珀は続きを話し始める。

——俺は宝条家次期当主だから、婚約はある程度の家柄の者とするべきだ。これは父さんや母さんが言ったわけではないが、暗黙の了解だった。そして、あの時の琴葉は……、貴族令嬢には見えなかった。実際、貴族教育を受けられなくなった後だっただろうからな。一般女性が会場に紛れ込んだのだろうと、俺はそう思ったんだ。

ただ、俺は一縷の望みに賭けて、この話を隼人にした。女の子の外見を説明して、光を纏っていたこと、もし貴族令嬢にそのような子がいたら知らせてほしいことを伝えた。隼人は本当に驚いていた。当たり前だ、俺は女が嫌いだったからな。

だが、その日の参加者名簿とそれぞれの令嬢の外見を照らし合わせて確かめてみても、俺の見た女の子はいなかった。俺たちはやはり一般女性だったと結論づけた。
それからずっと俺の心にはお前がいた。縁談がたくさん来たが、全て断った。俺が女嫌いなのを両親はわかっているから、何も言ってこなかった。後継を作るためだけの婚約者候補は絞っていたがな。

だが、この間のパーティーで、偶然お前と再会できた。すぐにあの女の子だとわかった、纏っている光が同じだったからな。それでお前に声をかけたら、神楽家と言うからびっくりしたし、合点が行ったよ。申し訳ないことだが、神楽家には能力を持たずに生まれた双子の片割れがいて、貴族教育を受けさせてもらえていない、という話は情報として持っていたからな。

「——そこからはお前も知っている通りだ。神楽家に直談判しに行って無事琴葉をもらったというわけ。」

壮大な話だ。まるで物語のような。琴葉も少し放心している。

「い、今思い出したのですが、神楽家にいた頃、珀様が婚約者にふさわしい女性を探しているという噂を聞いたとお父様がおっしゃっていました。それとは何か関係が……?」

琴葉が首を傾げながら聞いてくる。そんな噂が流れるなど、貴族社会は本当にくだらない。

「おおかた、父さんがしていた婚約者探しが誇張されて伝わっただけだろう。ふっ、それか、俺の初恋の情報が漏れたか?」

珀の冗談に2人でくすくすと笑う。その日は日が暮れるまでその庭園で過ごし、家に帰って豪華な誕生日パーティーをした。琴葉はこんなに祝われるのは幼少期以来だと言って心から喜んでいる様子。プレゼントにブランドものの櫛を渡すと、それにも笑顔の花を咲かせ、専属メイドの結依に今日から使うようお願いしていた。こうして、琴葉の16歳の誕生日が終わったのだった。