監禁部屋で初めて能力を発動した時、自分の体の傷も浄化したようで、特に琴葉の体に異常はなさそうだが、念の為1週間の検査入院となった。強大な力を振るったため、体力が底をついており、療養が必要と医者が判断したのだ。入院に必要なものは隼人と結依が揃えてくれた。

珀は学園の授業や仕事が終わり次第すぐに病院に来てくれ、ずっと病室で一緒にいてくれる。3分に1回くらいの頻度で、大丈夫か、何かしてほしいことはないかと聞いてくる過保護っぷりである。魔形の消滅状況や今回の件についての処遇などの報告に部屋に入ってくるたび、隼人が苦笑いするので恥ずかしい。でも、不思議とうんざりすることはなかった。自分を心配してくれている、愛してくれているからこその行動だとわかるからだ。

入院している間、隼人と珀が能力について詳しく教えてくれた。琴葉の能力についてだけではなく、最近の研究でわかったことや普段自分たちが能力を使っている時の感覚なども含めてだ。

かなり感覚頼りのものだそうで、話を聞けば聞くほどうまく扱える自信がなくなっていく。これまで能力者は別世界の生き物だと思って生きてきた。そんな自分がまさかこの歳になって能力の扱い方を覚える必要があるだなんて。

自信がないと珀に正直に打ち明けると、大丈夫だと笑って言う。能力者はみんな最初からうまく能力をコントロールできたわけではなく、練習を重ねて少しずつ覚えていくのだそうだ。ゆっくり成長していけばいい、と言われた。

でも、本当にそうなのだろうか。討伐隊に加わってほしいと言うからには、すぐに人手がほしいんじゃないのか。人並みの練習量を取る時間があるのだろうか。突然強大な力を手にしてしまったことで、琴葉の不安は日々大きくなっていくのだった。

そんな琴葉に気づいた珀は、少しでも安心させようといつも以上にたくさん抱きしめてくれたり、病室における花を買ってきてくれたり、とにかくいろんな工夫をしてくれた。退院するまでは能力を使い始めることができないため、不安が消えることはないが、珀のおかげでかなり気が紛れたのは事実である。

「琴葉様。今回の件の首謀者の処遇が決まったので、ご報告させていただきます。」

珀と隼人が組んでくれた、退院後の能力訓練日程表を眺めていると、2人が部屋に入ってきて、隼人がかしこまってこう告げる。琴葉は鈴葉の名前が出ることを予測して、緊張してしまう。

「琴葉様の誘拐・監禁を計画し、家の者を使って実行に移した神楽鈴葉についてです。」

来ると分かっていても、いざ名前が出るとびくりと反応してしまう。それに気づいた珀がすぐにベッドの側に駆けつけてくれて、柔らかい笑顔を琴葉に向ける。それだけですぐに安心できた。

「彼女は東北の親戚の家に預けられ、貴族教育を一からやり直させられることとなりました。地方は東京に比べて貴族教育の質こそ劣りますが、マナーの厳しさは段違いですから、そこで少し揉まれた方がいいという判断です。5年の間は東北から出ることができません。それ以降の処遇についてはその時までに問題を起こさなければ、神楽家に委ねるとしました。この決定に神楽家当主は反対していますが、浅桜家当主と我々宝条家が押し切って決定した形となっています。」

玄が反対するのは当然だろう。優秀で可愛い娘が東北に飛ばされるのは許可できないはずだ。だが、事態が事態なので無理やり決定に従わされた、というところだろうか。玄が逆上して琴葉を攻撃してくるのではないか、という不安がよぎる。

「大丈夫だ、神楽本家についてはこれから俺がなんとかする。」

珀が琴葉の不安を見抜いたかのように、力強くこう言ったので、信じることにした。

「一方で、神楽鈴葉から計画を持ちかけられ、当主の許可を取らずに単独で実行を手伝った浅桜家の孫、浅桜美麗に関してですが、こちらはあまり重い処罰を下すことができませんでした。彼女は能力者の中でも非常に強力で、貴重な戦力ということで、東京から追い出すことは難しいのです。すでに学徒動員でも良い戦績を残していますしね。その代わり、宝条が派遣した複数の使用人に常時監視させるという条件を取り付けています。何か行動を起こそうものなら、すぐにこちらに連絡が入り、事前に対処できるように浅桜家と連携して動くことになる予定です。」

琴葉は貴族内の政治はよくわからないし、処遇に関して特に意見があるわけではない。美麗は確かに実力が高いらしいから、戦力不足の今手放すわけにはいかないだろうし、監視しているのなら単独で襲ってくることはないはずだ。完全に安心することは難しいが、しばらくは何も起こらないだろう。

「以上が今回の決定事項です。また、宝条家の中でも会議が行われ、琴葉様の護衛にさらなる精鋭を集めること、宝条家内での連絡用アプリケーションを改善することが決まりました。琴葉様が安心安全に暮らせるように、全力を尽くす所存です。」

なんというか、珀だけでなく、宝条家全体が琴葉に対して過保護になっているような気がして、むず痒い。もちろん、本当に危ない目に遭ったのだから当たり前なのだが。

「今回、守れなくて本当にすまない。これからは俺が守るし、俺が側にいられない時でも、宝条が全力を尽くしてお前を守る。お前は俺にとって大切な存在であると同時に、宝条にとって、そして魔形討伐界隈にとっても重要な存在となった。これから危険が訪れることもあるだろうが、ともに歩んで行こう。」

珀の言葉に口角を上げてしっかりと頷く。不安がっているだけではダメだ。珀の隣にふさわしい女性になるために。守られるのが当たり前になってはいけない。強くなるんだ。

隼人が下がって行ったのを見計らい、琴葉はベッド横のサイドテーブルに置いておいたプレゼント用にラッピングされた箱を手に取った。

「珀様、渡すのが遅くなってしまいました。お誕生日、おめでとうございます。素敵な1年になりますように。」

仕草を意識しながら、珀にネックレスケースを手渡す。誘拐事件でなあなあになってしまったが、そもそも珀の誕生日プレゼントを買いに行っていたのだ。青杉という護衛が購入したネックレスを持っていてくれたのだが、鈴葉とその使用人たちに襲われた時にも傷つくことはなく、無事こうして琴葉の手元に戻ってきた。

珀は赤く光る瞳を少し見開いてケースを受け取り、丁寧に開けた。

「……ありがとう。大切にする。」

恥ずかしそうに、でも力を込めて感謝を言われ、琴葉の心は温かくなった。

「つけてくれないか?」

珀がネックレスを渡し、うなじをこちらに向けてくる。琴葉はベッドから少し身を乗り出して、優しい手つきでネックレスの留め具をくっつける。

こちらを向き直した珀の胸元にはほのかに赤く光る黒のペンダントトップが静かにその存在を主張していて、珀の落ち着いた雰囲気にぴったりだった。