近接戦を警戒してか、玄は一定の距離を保ったまま近づいてこない。仕切りにタクトを振り回すだけだ。魔形が攻撃を仕掛けてくる。

珀は魔形たちを華麗に避けながら玄に近づいていく。少し後ろで隼人が魔形を黒い霧の立ち上る剣で薙ぎ払う。

「おい、琴葉をどこにやった。」

地を這うような低音で珀が玄に問う。

「存じ上げません。なんのことでしょうか。それに、人の家に土足で入り込んできて、その態度はいかがなものでしょう。」

少し怯んだようだが、しらばっくれる玄。珀はイラっとして畳み掛ける。

「俺の琴葉がてめぇの娘に攫われたっつってんだよ!しらばっくれんな。宝条の次期当主婚約者に手ぇ出すとはいい度胸だな。全面戦争をご所望か?そっちが先に仕掛けといて人ん家に土足で入るなだと?笑わせんなよ。」

後ずさりして肉弾戦を避けようとする玄に、その数段上の速さで近づく珀。タクトを振る右手をしっかり掴んで固定し、腹に重めの一発をくらわせる。玄がよろけた瞬間に床にねじ伏せた。

やはり近接戦闘は苦手なようだ。実力にかまけて訓練を怠るとこうなる。タクトを奪い、光の攻撃をチラつかせながら、問いただす。

「琴葉は今どこにいる、それかてめぇの娘の居場所を言え!」

怯えた目でこちらを見つつ、知らないと言う。今、魔形討伐界隈でさらに人手不足になると困るので、右手ではなく左手に軽めの光の攻撃を当てる。痛みでうめく玄。それでも知らない知らないの一点張りだったため、さらに足を攻撃しようとしたその時だった。

突然、珀の脳裏に映像が流れ込んできた。店に笛吹きの女が入ってきて、近くの護衛らしき男が倒され、笛吹きの手下数人に無理やり車に押し込まれる。睡眠薬のようなものを嗅がされ、気を失って、目を覚ますと女2人に怒鳴られ、罵られ、男女数人に殴られ、蹴られ、また意識を失うところまで。主人公視点の映画のような映像が一瞬のうちに瞼の裏に映ったのだ。音声付きである。

一気に多大な情報が頭にぶち込まれたため、処理し切れず、力が抜けて動きが鈍ってしまい、よろける珀。玄はその隙を見逃さず、珀の拘束から逃れて少し距離を取った。

が、すでに魔形を倒し切って玄との戦闘に加わろうとしていた隼人に読まれて、結局また捕まってしまう。玄はそのままロープでぐるぐる巻きにされ、床に転がされてしまった。

「珀……?」

普段、珀が戦闘中によろけるなんてことはないため、状況がつかめず声をかける隼人。珀はその間、処理落ち状態から脱し、必死で思考を巡らせていた。神楽の娘と一緒にいた女は誰だ。あれは浅桜の孫か?お見合い候補で見たことがあるような気がする。でも神楽と浅桜が手を組むことなどあり得ないはず……。それにあの場所はどこだ?2人の娘が使える場所となるとある程度限られてきそうだ。

「隼人!浅桜の孫の下の名前はなんだ!」

突然出てきた浅桜という家名に面食らう隼人だったが、すぐに答える。

「美麗、浅桜美麗だね。」

ということは!やはり神楽と浅桜が手を組んでいるということ。

「神楽の娘と浅桜美麗が手を組んでいる。浅桜の当主に連絡を入れろ。」

隼人は何がなんだかわからないという顔をしていたが、珀が確信を持って言うものだから、すぐに頷いてスマホを取り出した。

「緊急の面会連絡でいいんだよね?」

隼人は少し躊躇っているが、珀としてはその時間すらもったいない。

「ああ、いや、俺が直接電話しよう。かなり失礼に当たるが仕方ない。緊急事態だ。」

隼人が目を見張る。焦っている珀なんてレア中のレアだ。写真でも撮っておこうか、と回らない頭で考える。が、事態が事態なのでやめておいた。

珀は次の瞬間には浅桜の当主に電話をかけていた。基本的に貴族同士でやりとりをする場合、直接会って話すのが望ましいとされている。余程の緊急事態でなければ当主と他家次期当主が電話で話すということはありえない。ちなみに、普通はそれぞれの秘書同士で連絡を取り合い、事前に面会の予約を入れて、対面で話すという手順を踏まなければならない。

prrrr…

『どうした?宝条の次期当主くんから電話とは珍しいな。緊急事態か。』

受話器越しにどっしりとした老人の声が聞こえてくる。浅桜家の当主は70近いおじいちゃんである。

茂彦(しげひこ)様、お久しぶりです。突然の連絡、失礼いたします。実は……」

珀としてはカマをかけるつもりで浅桜美麗の居場所を聞くが、茂彦は全く知らない様子。嘘を吐いているようには感じなかったため、美麗と神楽鈴葉が手を組んで琴葉を監禁して暴力を振るったことを伝える。

『……あんの馬鹿孫、またトラブル起こしやがって。すまんな、あれはちと手がつけられんほどの阿呆でな、問題ばっかり起こすから困っとったんじゃが、まさか宝条家次期当主くんの婚約者にまで手を出すとは……。全く呆れてものが言えないね。』

のんびりと喋る茂彦に若干苛立ちを覚える珀だったが、グッと堪えた。

『浅桜家として、馬鹿孫の過ちの責任を取らにゃならん。今すぐ捜索隊を出し、宝条家に全面協力する。美麗の普段の行動を知っているものには情報をまとめて隼人くんに送らせる。これで、とりあえずは許してくれんかな。』

「そちらのお嬢さんの処分についてはまた後ほど。ひとまずは捜索と情報提供のご協力、感謝申し上げます。」

面会ではなく電話という選択をしたことに対する謝罪を言って電話を切る。

「チッ。ジジイとの電話はイラつく。」

「珀、感想はいいから。何かわかったの?」

「いや、全く。ただ、トラブルメーカーなんだと。そのくせ自由に野放しにしてるからこんなアホなこと起こすんだ。くっそ、早く琴葉を助けねえと。」

新幹線でメッセージを受け取った時から珀の殺気がどんどん色濃くなっていく。隼人ですら少し当てられて焦るが、そもそも隼人にはなぜ浅桜の関係に確信を持てているのか理解できていないため、それも相まってさらに混乱してしまう。

「ちょっと待って。珀、そもそもなんで浅桜が関わってるってわかったんだよ。」

珀は玄との戦闘中に起こったことを説明する。隼人は眉間にシワをよせる。

「能力が」prrrr…

隼人が何か言おうとした瞬間、隼人のスマホが鳴った。発信者は浅桜家に仕える秘書である。

『隼人さん、うちのお嬢が全く大変なことをしたらしく、本当に申し訳ありません。多分なんですが、お嬢が昔使っていた小さな工房があって、最近じゃあそこによく女性を連れ込んでいるらしいんです。その間は集中して絵を描くからとか言ってメイド・使用人を一切中に入れてくれないから、何が起こっているのか分からずじまいで、お嬢に何かあっても危険ですし、そろそろ使わせるのを禁止しようかと我々も思っていたところだったんです。今回もそこに監禁している可能性があります。その住所をお送りしますね。近くに浅桜の者を数人向かわせておくので、案内はお任せください。』

「その場所はコンクリートの壁に囲まれていて、絵の具が壁に付着している部屋か?」

横から電話を聞いていた珀が口を挟む。秘書は慌ててどもったのち、そうですとだけ答えた。頷く珀を見て隼人が情報提供の感謝を述べる。

『今、お嬢は学校にいるそうなので、当主命令で本家に戻らせているところです。いかがいたしましょうか。』

「監禁部屋にいるのではないのですか?居場所がわかっているのならやりやすいですね。浅桜本家に留めておいてください。事が落ち着き次第、沙汰を考えなければいけませんのでね。」

隼人が悪人の顔をしたままスマホを下ろす。電話が切れる直前、向こうの秘書が息を呑む音が聞こえた。

その後、すぐに住所が共有される。所在地は5月に魔形討伐で向かった東京の西の外れにある森の近くだとわかった。

「隼人、近くまで飛ぶぞ。」

「珀!?1日に2回転移使うとか馬鹿なの?その後戦闘あるかもしれないじゃん。」

「そんなこと言ってられねえ。」

さらに強まっている珀の殺気に、隼人は従うしかなかった。

転移はつなぐ場所をイメージしやすい方がエネルギー消費が少なくて済む。この間討伐に向かった場所ならば、まだそんなに時が経っていないため、ありありと思い出せるのは幸いだった。時間も惜しいが、体力だって惜しまなくてはならないのは珀とて理解している。

そうこうしているうちに、呼んでいた部下が神楽の本家に到着し、玄を拘束したまま車に乗せ、宝条の本家へと向かった。

これで神楽本家に思い残すことはない。今いる場所と転移先の森を空間として頭に浮かべ、繋ぎ合わせるイメージ。一瞬めまいを感じると、隼人とともにこの間の森に来ていた。

浅桜家が派遣したであろう使用人あるいは護衛数人と隼人が連絡を取りながら合流する。

「こちらです。」

恭しく対応する浅桜家の使用人に珀も隼人も怪しく思いながらも、ひとまずついていく。少しでも怪しい動きを見せればひっ捕えて狙いを吐かせるだけだ。

しかし、それは杞憂に過ぎず、使用人たちは比較的新しい小屋へと2人を導いてくれた。他に建物のない森の中にぽつんと置かれるように佇むその小屋からは、微かな光の玉のようなものが漏れ出ていた。

珀は思わず小屋に向かって駆け出した。