珀は、新幹線で東北から東京に戻る途中である。九州へ討伐出張に出かけていたが、その案件が片付いて東京に帰ろうとしていた矢先、今度は東北で厄介な魔形が発生したとの連絡が入り、その足で討伐に向かったのだった。実質本州縦断である。

そして、それも終わらせてやっと新幹線で一息つく。だが、仕事が終わっているわけではないから、すぐにpcを開き、作業を始める。別の地域での部下による魔形討伐の報告書に目を通す。帰っても仕事三昧で、全然琴葉と一緒にいられない。その苛立ちが顔に出ていたようで、隼人に小突かれる。

「珀〜。眉間にシワよりすぎ〜!おじいちゃんかよ。」

いつものように軽口を叩いてくる親友をしっかり睨みつける。

「俺を睨みつけても状況は変わりませんよ〜、あと部下が怖がるからその顔やめて。」

むかつくが、隼人の言っていることはあながち間違いではない。だが、表情に気をつけた方がいいのはわかるが、どうすれば怖がられない表情になるのかはイマイチわからない。

考えるのを諦めて、脳死で作業を進めていると、あっという間に上野への到着を告げるメロディーが聞こえてくる。上野についたということは東京駅もすぐそこということだ。

降りる準備をしようとしたところで、スマホが鳴った。同時に隼人や近くにいた部下のものも鳴っていることを考えると、宝条家への通達、と言ったところか。

珀はpcを片付けていたため、すぐには見ることができなかった。先にメッセージを見た隼人が険しい顔になる。

「なんだ。」

「珀様。緊急事態です。琴葉様が神楽の何者かに攫われました。護衛が全員気を失っていたらしく、また、琴葉様のスマホも敵に壊されたと考えられるとのこと。現在、東京に残っている者に捜索させているが、東北に出張に向かっていた者も到着次第加わってほしいそうです。」

緊急招集のメッセージと宝条の中枢の者同士の情報共有用メッセージを要約して、隼人が簡潔に、そして改まって状況を説明する。

琴葉が攫われた?本家の護衛がついていながら?しかも神楽に?疑問点はいくつも残るが、事態は一刻を争う。

「神楽家当主は、俺に殺されたいようだな?」

「珀、冷静にね。」

「ああ、俺は至って冷静だよ。いつも通りだ。」

ブチギレはするが、冷静さは欠かないのがこの宝条珀だ、と自分では思っている。降りたらすぐに一史に電話できるよう、準備しておく。

新幹線は東京駅のホームに滑り込む。ドアが開いた瞬間、珀は隼人とともに列車から降り、柱の前に移動する。音を遮断する結界を張りつつ、通話ボタンを押した。

『珀くんか。ごめん、僕がいながら、琴葉ちゃんを……。』

「父さん、謝罪はいいです。それより、攫ったのは神楽と聞いたのですが。」

『うん、護衛の断片的な記憶を繋ぎ合わせたところ、神楽家の次女が指示を出していたようだね。裏に当主がいるかもしれないけれど……。それで、珀くんは神楽本家に突入する許可をもらいたいんだよね?』

全く、父親には叶わないな、と思う。珀が言いたいことを先に読まれてしまった。雰囲気はゆるいが、貴族を取りまとめる家の当主としての実力は確かだ。先見の明も人から好かれるカリスマ性も兼ね備えている。トップにふさわしい人間だと思う。

「はい、その通りです。神楽本家への突入、および神楽家当主やその他関係者への攻撃の許可をいただけないでしょうか。」

『今回は僕の落ち度でもある。存分にやってきなさい。ちょっとやりすぎても後で僕が尻拭いしてあげよう。まあ僕も最近、神楽家調子に乗ってるなぁと思うし。』

感謝を言って電話を切る。結界を解き、隼人と話そうとして、すでに部下が全員いなくなっているのに気づいた。

「部下たちはみんな捜索に送り出したよ。俺らは神楽本家でしょ?」

隼人も本当に仕事ができるし、珀が考えていることを口に出す前に希望通りに動いてくれる。神楽本家への突入は隼人にも読まれていたようだ。

頷いて、結界を張るよう指示する。空間と空間をつなぐ転移で神楽家に飛ぼうとしているのだ。これは、宝条家の中でも闇を扱える人間しか使えないもので、結界の数段階上の技術である。ただ、転移は体力消耗が非常に激しい。それゆえ、緊急時しか使わない。

自力が強い上に体力お化けである珀ですら、使った後はある程度疲労感が残る。だが、電車で悠長に向かっている場合ではない。

隼人も転移を使えるが、使った後すぐにバテて使い物にならなくなってしまう。この後戦闘があることを踏まえて、隼人が周囲から隠れる結界を張り、珀が転移を使って2人を移動させるのが最善だ。

深呼吸をして、今いるところと神楽の本家をイメージする。その2つを物理的に繋ぎ合わせるところを想像して、力を解放する。バチっと強めの電流が体を駆け巡る感覚の次の瞬間、2人は神楽家本家の門の前に移動していた。

門の前には門番らしき者が2人立っているが、関係ない。力づくで押し入るまでだ。

「何をしている。今日来客の予定はないはずだ。用があるなら事前に当主様に連絡してからにしろ。」

門番は貴族ではないらしく、珀の顔を知らないようだ。隼人がぬるっと動いて2人を一気に落とした。首の後ろをトンっと叩いて見事一発ダウンである。反撃の暇など与えない。

「入るぞ。」

珀が隼人に声をかける。隼人が頷き、2人は門を飛び越えた。

途端に警報が鳴る。何事かと次々と護衛が飛び出してくるが、特に能力を使うことなく、どんどんとはっ倒していく。

「うーん、君たち、本当に神楽の護衛なの〜?なんか弱くない?」

隼人の声に、確かに、と思う。仮にも宝条の次くらいに権力を持つ貴族。もっと強い護衛がいてもいいはずだが、どれも一撃でふっ飛んで行ってしまうような弱さだ。

もちろん、珀と隼人が強すぎるという理由もある。

「珀様が通る道を用意いたします!」

隼人がちょける。家の入り口あたりの一定範囲を指定し、左手を向ける。擬似ブラックホールである。隼人が能力を発動すると、瞬く間に玄関は崩壊し柱や生活用品などが吸い込まれていく。半径2メートルほどが瞬時に暗闇に包まれた。

「隼人、ちょけてる場合じゃねえ。早く琴葉の居場所を聞き出さねえと。」

少しキレぎみに珀が言う。

「ごめんって。はい、道開けたよ。」

隼人が擬似ブラックホールを消すと、そこには何も残っていなかった。少し地面もえぐれている。

玄関が後方もなく消え去ってしまったことに、いや、目の前でそれが起こったことにだろうか、衝撃を受けたメイドや使用人が洗濯物などを持ったまま立ち尽くしている。その横を何事もなかったかのように珀と隼人が通り過ぎた。

奥の方からタクトを振り回しながら神楽玄がゆっくりと歩いてくる。魔形の気配にさっと身構える珀と隼人。

神楽家当主、神楽玄の能力は、タクトを使って敵を服従させ意のままに操る、従えた者の総指揮を取るというものだ。自身よりも強い者は服従までは可能だが、強い命令はできない。かなり強く、有用な力だが、どうしても遠距離戦闘になってしまうため、近接戦には適さない。

貴族の中でもトップに君臨する宝条家は、各能力者の能力の詳細を知ることができるため、もちろん、神楽玄の能力も知っているのである。

珀と隼人は事前に対策として闇の力の応用で、防御となる結界を体にまとわせているため、タクトによる服従は受けない。だが、玄が魔形を大量に操り、結界を破られたら話は違う。徐々に近づいてくる大量の魔形の気配に舌打ちする珀。

「どこにこんなに隠してやがんだ。反乱でも起こす気か?」

「さっさと片そう、琴葉様を助けないと。」

わかっている、というように珀は頷いた。