本家に来てから5日ほど。その日は珀の誕生日プレゼントを買おうと、琴葉は護衛を連れて街に来ていた。

外に出るのはあまり良くないと一史に言われていたので、プレゼントだけ買ってすぐに帰ろうという考えである。心配した穂花がたくさん護衛をつけてくれた。

お菓子やコーヒーがいいかと思い、最初はデパートに入ってみた。珀はよくコーヒーを飲むため、それに合わせられるものや普段とは違う豆を買うのもいいかもしれないと思ったのだ。だが、なんだかお土産みたいだし、誕生日プレゼントとは違う気もする。

琴葉は生まれてこのかた、誰かに誕生日プレゼントを買ったことがない。もちろん、小さな頃は手紙なんかを書いて家族に渡していたこともある。だが、自分で買い物をすることができるくらいの年齢になったらすぐに、玄と鈴葉に邪険に扱われるようになってしまったのだ。

だから、何を買えばいいかよくわからない。護衛の人も一緒にちょうどいいものを探してくれているが、ピンとくるものがない。

結局、デパートは違うという結論にいたり、すぐ近くの商店街を見てみることになった。このあたり一帯が貴族の街であるため、デパートも商店街も貴族向けだ。高級ショップが立ち並ぶ商店街には、平日なのもあってかあまり人は歩いていない。

何を買おうか考えながら商店街を歩いていると、落ち着いた雰囲気のアクセサリーショップを見つけた。1人で買い物をする機会などないため、緊張してしまうが、珀に喜んでもらうため、と勇気を出して店の扉を開ける。

ドアベルの音が鳴り、店員の視線が集まる。店内についてきた護衛は2人。そのいかつい雰囲気も余計目立ってしまう。恥ずかしいから見ないで……、と思いつつ、店内のショーケースを見て回った。

「お嬢様がおつけになるのですか?」

年配の女性店員が声をかけてきた。

「いえ、私ではなく、婚約者にプレゼントしようと思って。」

「まぁ!素敵ですね。何かご希望はおありですか?」

「いえ、特には……。」

それなら、と店員が意気込んで1つ1つアクセサリーを解説し始める。素材、パーツの形、色を踏まえて、珀に似合いそうなものはどれかを考えていく。

「ちなみに、婚約者様はどのような方でして?どの色がお似合いになられるのでしょうか?」

店員がずいと琴葉を覗き込む。琴葉は慌ててスマホを取り出し、慣れない操作で珀の写真を表示し、見せた。

「まあああ!!なんてかっこいいのかしら?」

その声に他の女性店員もわらわらと集まってくる。なんとも不思議な光景である。

「きゃー!超イケメン!」

「え、これってもしかしてだけど、あの宝条家の次期当主様じゃない?」

「ほんと?確か、女性には見向きもしない冷徹な方じゃなかったっけ?」

徐々にみんなが憐れむ顔でこちらを見てくる。そんなことないけどなぁ、と普段の様子を思い返してみるが、確かに鈴葉とその取り巻きに対しては凍てつくような殺気を出していたかもしれないと思い、何も言えない。

「と、とと、とにかく!この婚約者様にぴったりなアクセサリーをお嬢様にご紹介しなくては!」

年配の店員の一言で、みんながハッとしたように持ち場に散っていった。幸い、他に客はいなかったため、目立たずに済んだ。

「黒がお似合いになりますね。瞳の色と同じ赤もいいかもしれません。大きめのパーツでもこの方の容姿なら負けないと思いますが、小さい方がこの方の大人っぽさをより引き出せるかと存じます。」

少々お待ちください、と奥から一つの商品を取って戻ってきた。

「こちらなんかいかがでしょう?」

ケースの蓋が開くと、クールなブラックネックレスが見えた。細身なペンダントトップは主張が激しすぎないシックな感じである。

「こちらのペンダントトップに我々のブランドロゴが彫ってあるのですが、ちょっと光の当たる方向を調整すると、ほら、少しだけ赤っぽく光るんです。婚約者様にぴったりではございませんか?」

店員がネックレスを持って実演してくれる。確かに、光の当たり方次第で黒にも赤にも見える。不思議だ。仕組みはよくわからないが、珀にぴったりなことは間違いない。

値段を確認すると、一史がくれたお小遣いに収まりそうだったため、琴葉はそのアクセサリーをプレゼントすることに決めた。自信がなく優柔不断な琴葉だが、今回ばかりは即決である。それほどまでに、そのアクセサリーは素敵で珀に似合いそうだったのだ。

いつもブランドものを身につけている珀には少し安物に思えるかもしれないが、琴葉は自分で自由に使えるお金がないため、こればかりは仕方ない。

会計を済ませ、護衛とともに店を出る。

すると、店に入る前は商店街の至る所に配置されていた宝条の護衛が全然いないことに気づいた。護衛2人が顔を見合わせる。

「琴葉様は店内でお待ちください!僕、ちょっと外を探してきます。青杉、救援信号の受け取りがないか常に確認しつつここで待機!琴葉様をお守りしろ!」

青杉と呼ばれた護衛が私を店内に誘導し、店員に事情を話す。先ほどの女性店員はわりかし落ち着いた顔で受け入れてくれた。

青杉が本家に連絡し、護衛をさらに増やすよう申し出ているのが聞こえる。

しばらく店で待っていたが、飛び出して行った護衛が戻ってくる気配がない。どれくらい時間が経っただろうか、青杉の携帯がブブっと振動する。救援信号である。

「何か外であったことは確かです。僕が琴葉様を必ずお守りします。ご安心くださいませ。そろそろ本家から護衛がつくと思いますので、そうしたらここから直接本家に飛びます。」

飛ぶ?どういうことだろう。不思議に思っていると、どこからか聞き馴染みのある笛の音が聞こえてきた。直感で危険を察知した琴葉が叫ぶ。

「みなさん、奥へ!音が聞こえないところまで逃げて!」

店員たちが慌てて奥の物置きに逃げていく。護衛も琴葉を抱えながら奥へ向かうが、時すでに遅し。塞いだ耳を通り越してドアベルの音が聞こえた。

店内に響く美しく妖艶な笛の音。店員がバタバタと倒れ、最後に護衛が琴葉を守るように覆い被さって倒れた。

琴葉にはそれら全てがスローモーションに見えた。