高校入学と同時に、翔と凛が付き合い始めた。その時に翔は、思い切れよと背中を押してくれた。
小春のこと好きだと一言も言ってなかったが、翔は俺の性格を知ってて無理に聞き出したり茶化したりもしない。
だからこそ、自分で考え向き合うことが出来た。
二年生になる前の三月。小春が普通クラスに来ることになったと俺に話してくれ、嬉しいなぁと思わず本音が漏れてしまった。
僅かに笑ってくれた顔があまりにも可愛いくて、気付けば好きだと告げていて。慌てて冗談だと言い訳しようとしたけど、小春は小さく頷いてくれて、付き合うことになった。
二回目の凄惨なゲームが終わり、俺はただしゃがみ込んだままだった。
目がチカチカとして、足元がふらついて、胃がそり返るぐらいに吐き気が治らなくて。
そんな俺に、とにかく外に出た方が良いと立ち上がらせてくれたのは翔だった。
「あ、でも……」
「大丈夫だから」
凛の言葉に目を向けると小春がしゃがんでおり、トイレットペーパーを床に向かって広げている。
俺が汚したものを掃除させるなんて。
吐き気と情けなさで涙が滲んでくるのを抑え、せめて翔に負担をかけないようにと足に力を入れる。
二階の廊下に着いた俺達は、ここで良いと告げ、その場にへたり込む。
翔は何を言うこともなくただ側にいてくれ、自分は何やってんだよと殴りたくなってくる。
……いや、そんな度胸、俺にはないだろ?
あー、何なんだよ俺。
沸き立つ怒りをなんとか抑えようと髪をグシャとさせることしか出来ない、どこまでも非力な自分。
もう、たくさんだ。もう、やめてくれ。こんな思いをするなら、いっそ。
「……なあ、慎吾」
「え?」
「慎吾なら守れるよ。だから……、頼むな」
「守る? ……小春を?」
窓から青い空を見上げる翔は、どこか遠くを見ていて、俺とは一切視線が合わなくて、何を考えているのかが分からなかった。
結局、翔からは返事は来ず、俺達はヘリコプターが舞う空をただ眺めていた。
あの日見た夕陽はもう目にすることは叶わないのかと、思いながら。
その後、小春と凛が戻ってきて、どこまでもバツの悪い俺だったが、凛が大げさに「氷水交換、行ってきまーす」と翔の手を引き始めた。
「もう大丈夫」だと手をブンブンと振るが、そのまま引っ張られてしまう翔。
どう考えても二人は体格差があり、翔が本気出したら凛なんて片手で跳ね除けてしまえるだろうが、それはしない。
女子に優しく、特に凛にはとことん弱い。
いつもああやって誰にも気遣えるんだよな、翔は。
……しかし、小春を守れってどうゆう意味なんだ?
凛じゃなくて、一番に小春を?
翔が意識を失くした時、無意識に呟いた名前は小春だった。
翔? まさか……?
小春と二人きりになるとまた静かになるが、そこに気まずさは一切なく、二人で並んで膝を抱えて座る。
小春も色々と思うことがあるのか、その横顔は硬く、目が合うが何も話すことなくまた空を見上げる。
彼の為にパパ活していた、音霧さん。
そんな彼女の気持ちを利用していた、北条くん。
それを暴露した三上さん。
三上さんにパパ活をしようと誘っていた、音霧さん。
もう関係がぐちゃぐちゃで、意味が分からない。この気持ちさえも。
日が高くなってくる頃、翔と凛が戻ってきて来た。
いつもの定位置となり、また沈黙が続くと思ったが、それを明るく破ってくれたのはやはり凛だった。
「ねえ。小春は、コスメの場所とか教えてもらってる?」
「……ううん。凛も?」
「うん。私達には必要ないって意味かなぁ?」
湿っぽい空気を変える、豪快な笑い声。しかし意味が分からないことがこれ以上増えることがどうにも気持ち悪くて、空気ぶち壊しな突っ込みをしてしまう。
「……コスメ?」
「ん? ああ……、いやね。小春と私以外の女子は、みんな化粧直ししているみたいなんだよねー」
「えっ! そうなの!」
「監禁されて半日以上が経つのに、あそこまで化粧は綺麗に残らないし、特に西条寺さんの巻き髪からはいつものスタイリング剤の香りがした。あれはゲーム直前にヘアを直しているってことなの」
「……うん。目が覚めて全員でゲームの話を聞いた時は、みんなの化粧は落ちてた。間違いなく一回目が始まるまでに、化粧直ししていると思う」
「な、なるほど……」
全く、気付かなかった。
女子はやはり、そうゆうところしっかり見てんだな。
凛だけじゃなくて、小春までも。
言われてみれば女子だけじゃなくて、男子もほのかな整髪剤の香りを漂わせていた。
そっか。一回目の時、神宮寺くんと西条寺さんに違和感を抱いたのは、ゲーム前の姿と変わっていたからだったんだ。
複雑に絡み合っていた糸が一本だけ解けたような気がして、僅かな安堵に包まれていく。
「それでさ。誰が何の目的で、このようなことをしているか探るべきじゃない?」
緩んだ表情をしていた凛が瞬きと共に険しい顔を見せ、俺達にそう呼びかけてきた。
「だから、ダメだって! 下手なことして爆発したらどうすんだ!」
「ちょっと、大きい声出さないでよ」
「……あ、ごめんな。別に怒ってるとかじゃないから」
翔の視線は凛ではなく小春で、慣れたように背中を丸める。
翔は小春に対して、一番優しかったりするんだよな。
「私達全員に制服を着てくるように指定してきたり、男子には整髪剤とか、女子にはメイク道具とか渡して来たり、明らかに見世物にされてる感があるんだよね。ヒントは与えているとかも言ってるし。つまり私達に考えさせたいんじゃないの?」
「確かに……」
普段、翔と凛が話している時は口を挟まないようにしているが、今日は気付けば声が漏れていた。
あの挑発的な態度。試すような発言。人が死ぬゲームを悠々と進行する主催者。
ゲーム会場でもない二階にも光る、監視カメラの数々。やはり、これは。
翔の静止も聞かず、凛はスマホを操作し始める。
俺達を安心させる為か今やっていることを逐一声に出していき、「『検索アプリ』、キーワードは『デスゲーム』、『赤い月』」とタップしていく。
一瞬、『赤い月』とは何のことかと思ったが、勝手にダウンロードされていたアプリには、アイコンも背景画も赤色の月だった。
気味が悪い演出かと思っていたが、これもヒントだったのか?
黙っている翔に顔を向けると、俯き、やたらダラダラと汗をかいている。
翔は、凛のことを本当に大切に想っている。
野球部のエースであり、この容姿の良さなら当然ながら女子にモテるが、翔はそうゆうのに一切靡かず、凛の側に居ようとする。
普段は勇ましい翔も、凛の話をする時はデレデレとしてしまい、顔なんて全く締まりがなくなってしまうぐらいにユルユルだ。
恋の魔法とは人格すら変えてしまうのだと関心してしまうぐらいだった。
そんな凛が命を賭けた危険なことをするなら、翔の性格上、自分がやると名乗り出てもおかしくない。
現に、危険を顧みず爆発に巻き込まれた凛を、身を挺して守ったのだから。
「これじゃないかな!」
凛のハッとした声に、考えていたことがシャボン玉のようにパチンと弾ける。俺達三人は凛のスマホに顔を寄せる。
あっとなって身を引くも、スマホからの他者の閲覧禁止アラームが鳴ることはなく、どうやら主催者が禁止しているのはあのアプリを見ることだけのようだ。
着せ替え機能を使用していない検索アプリには、ズラッと並ぶ英文と思われる文字。
恥ずかしながら英語は赤点一歩手前の学力であり、単語一つ一つをかろうじて読めるぐらいだった。
「あ、ごめん、待って」
俺は、よほどの顔をしていたのだろう。
目が合った途端に凛はスマホを引っ込め、何か操作を始める。
次に差し出されたのは日本語訳された拙い文章で、アプリの翻訳機能を使用してくれたと分かる。
英文を読んで、関連性があると判断した凛。怯むことなく読んでいた小春。
二人は頭が良く、特に英語は得意らしく、高校卒業レベルと言われる英検2級を高校入学してすぐに取得してしまうぐらいに。
翔は英語は苦手らしいが、その代わり理数系が得意らしく、将来は実家の医院を継ぐから医大にいくとか。
本当に、どうして三人は俺と変わらず側にいてくれたりとかするんだろうな?
そう思いながらスマホに目を向けるが、一つ引っかかる。
……翔は、読めたのか?
高一の冬休み。みんなでお金を出し合ってゲームを買ったが、取説が全て英文で「分からねー」と嘆いたのは俺だけじゃなかったはず。
スマホ画面には「国際指名手配犯」として名前が出ている、「レッドムーン」。日本の警察の中では、「紅の月」と呼ばれているらしい。
そのサイト情報によると会社、学校、小さな村などの集団の場に閉じ込めてはデスゲームを仕掛け、それを撮影した動画を裏動画配信サイトで公開。収益を得ていると記載されていた。
「視聴者」
主催者が漏らした言葉は、やはりそうゆう意味だったのか。
「なるほど、私達には化粧は不要ってことね……」
小春と凛は顔を合わせて、溜息混じりに笑って見せてくる。
一体、どうゆうことだろう?
「次はおそらく、成宮くんと三上さんカップルになりそうね」
同意するように小春は頷き、翔はただ聞いていて、またしても俺だけ置いてきぼりだった。
「どうして、分かるんだ? 何か、方式でも見つけたのか?」
「あ……。あくまで予想だから」
どうにも歯切れの悪い凛は、まだ調査が必要だとスマホに目を落とし、操作している。
そういえば北条くん達は二回目に自分達が指定される前から順番を察していたようだし、やっぱり何かあるんだ。
しかし今はそんなことより、情報を集めないと。いつまでも足手まといだなんて、いられるはずもないんだから。
そうだ。
どこか情報が少ないと感じた俺は、セーフサーチ設定をオフにし、再度検索をかけてみる。
するとヒット数は明らかに増え、一つずつのサイトの文章をコピーして翻訳機能を使うと、スマホには穏やかではない単語や文面に溢れてきた。
閲覧注意と前置きがされているその文章は、吐き気を催すほどの残虐なゲーム内容が記されていた。
なるほど、そりゃあセーフサーチ機能によりサイトブロックが入るはずだ。
どこか納得しながら和訳された文章を読んでいく中で気になったのは、警察の介入についてだった。
普通の犯罪者は警察を嫌う傾向にあるが、このゲームの主催者はむしろ好み、ゲームの手伝いをさせるらしい。
ゲーム参加者への食事の配給、脱走しそうになる参加者の足止め、ゲームが終わるまで妨害が入らないように警備するなど、信じられない内容だった。
……はぁ? 警察が? なんだよ、それ?
ザワッとしたものが全身に駆け巡り、昼前になり気温も上がっているというのに、鳥肌が立っていた。
海外の警察がおかしいと思いたかったが、日本でも同じ対応が取られている現状。
なんだよ、何なんだよ? どこの警察も犯罪者の味方なのかよ、ふざけんなよ! ……ゲームの協力って、それは共犯って言うんだよ!
スマホを持つ力が強くなってしまいながら和訳された文章を読み進めていくと、俺の考えはどれだけ短絡的だったかを思い知らされていく。
警察が参加者を救護しようとしたり、手伝いに非協力的だった場合。主催者はゲームを止め、容赦なく参加者全員を殺害する。
そのような悲惨的な事例は、一つ二つではないらしい。
『君、戻りなさい!』
小田くんが学校の敷地から出ようとした時、射撃してきたのはその為だったのか。
小田くんが無傷だったのは威嚇射撃だったから、玄関付近に居た俺を引き止めたのは、ルール違反を起こして指輪を爆発させないようにと、俺達の命を守る為だったんだ。
「なあ、これ」
この文章にどこか表情が和らいだ凛は、「私達が信じていた正義は、ちゃんと形を変えて存在してくれていたのね」と呟いた。
俺の中で言語化出来ない気持ちを凛が代弁してくれたようで、目頭が熱くなっていく。
思わず立ち上がり、窓からの景色を見下ろすと、そこには変わらず校舎内を囲っている機動隊員の姿。
直射日光が当たる中で、全身黒くて重い隊員服に身を包む、あの人達。
ここにいる人達は味方だ。
嬉しいような、安心したような、だけど恐怖が襲ってくるような、絶望するような。ぐちゃぐちゃな感情が、一気に押し寄せてくる。
警察に見捨てられていなかった希望。日本の秩序は健在しているいう安堵。警察でも対応出来ないほどの組織だという恐怖。俺達はこんな狂ったゲームを続けなければならない絶望。そんな思いが。
双眼鏡らしき物を使用し、こちらに目を向けていた機動隊。その一人と、視線が合ったような気がした。
衝動的に、「助けて」と叫びたかった。
もう四人が殺され、これからまた狂ったゲームが始まってしまう。
もう嫌だ。人が死ぬ姿を見たくない。頭がおかしくなりそう。俺も無惨に殺される。痛いのは嫌。死ぬのは怖い。頼むから、助けてくれ。
換気の為に開いていた窓から声を上げようと、手を振ろうとするが、声が出ないように唇を噛み締め、手をグッと握り締める。
俺が今叫んだところで、状況なんか変わらない。むしろ気持ちを抑えている三人を、動揺させてしまうだけだ。
「何かあった?」
「……いや」
凛の問いに軽く返して、こちらに視線を送ってくれている機動隊の人達に軽く会釈して、窓から離れる。
それで良いんだ、それで。
何か合図を送ってたとか主催者に誤解されるかもしれないから、関わりは持たない方が。
今こうやって俺が外を眺めている時も、みんなは少しでも情報を得ようと動いているんだから。翔も。
「ねえ、この書き込み。SNSやウェブサイトで参加募集を呼びかけているのを、見たことある人が居るらしいけど。まさか……ね」
俺と同様にセーフサーチ機能をオフにして検索をしていた凛の詰まるような声に、俺達は互いの顔を見合わせながらスマホを覗き込む。
今、凛が閲覧しているのは、ある個人が作った「紅の月」を考察するというwebサイト。そこには自由に書き込める掲示板が用意されており、そのコメントだった。
コメント一つずつを和訳するのは面倒だと凛が一つずつ英文を読み上げてくれるが、確かに同じような英文が散見され、それは一つや二つでない。
凛が和訳してくれる文章は、冗談にしてはあまりにも具体的で、凛曰く書き込みの文章に統一性もないらしい。
少人数がふざけて何度も書き込んだというより、多人数がそれぞれの感性と文章力で打ち込んだように見えると。
その中で、何度も目に付く一文。それは。
『Is there a world you want to destroy?』
「あなたが壊したい世界はありませんか?」
訳していてくれた凛の声が、僅かに震えていた。
必ずこの一文から始まるらしく、そこから参加募集について詳細に書かれたリンクに飛ぶらしいが、当然ながら実際にエントリーした人なんているはずもなく、因果関係があるかも不明だった。
しかし、そんな誘い文句に誘導されてしまった人なんて、本当に居たのか?
人が死ぬゲームだって、分かっていたよな?
……壊したい世界? それは自分とは関係ない遠くの世界の話なのか。それとも……。
「それにさ。気になっていたんだけど、この密告、上手く出来過ぎてない? 友達の秘密を知っているのはともかく、証拠品の提示であそこまで用意したり、調べがついてるのって、なんかおかしいって言うか……」
凛はためらってしまったのか、はっきりと断言はしない。しかし、言いたいことは分かる。
このゲーム参加者の中に、「裏切り者」がいるかもしれない。
そしてその人物が、このゲームにエントリーしたのではないだろうか?
アプリを使用する時に他者の目に触れたら操作出来ない仕様にしたのも、俺達を疑心暗鬼にさせる為……とか。
生徒達の中に、人間の皮を被った悪魔がいるかもしれない。
その事実に、悪寒がした。
小春のこと好きだと一言も言ってなかったが、翔は俺の性格を知ってて無理に聞き出したり茶化したりもしない。
だからこそ、自分で考え向き合うことが出来た。
二年生になる前の三月。小春が普通クラスに来ることになったと俺に話してくれ、嬉しいなぁと思わず本音が漏れてしまった。
僅かに笑ってくれた顔があまりにも可愛いくて、気付けば好きだと告げていて。慌てて冗談だと言い訳しようとしたけど、小春は小さく頷いてくれて、付き合うことになった。
二回目の凄惨なゲームが終わり、俺はただしゃがみ込んだままだった。
目がチカチカとして、足元がふらついて、胃がそり返るぐらいに吐き気が治らなくて。
そんな俺に、とにかく外に出た方が良いと立ち上がらせてくれたのは翔だった。
「あ、でも……」
「大丈夫だから」
凛の言葉に目を向けると小春がしゃがんでおり、トイレットペーパーを床に向かって広げている。
俺が汚したものを掃除させるなんて。
吐き気と情けなさで涙が滲んでくるのを抑え、せめて翔に負担をかけないようにと足に力を入れる。
二階の廊下に着いた俺達は、ここで良いと告げ、その場にへたり込む。
翔は何を言うこともなくただ側にいてくれ、自分は何やってんだよと殴りたくなってくる。
……いや、そんな度胸、俺にはないだろ?
あー、何なんだよ俺。
沸き立つ怒りをなんとか抑えようと髪をグシャとさせることしか出来ない、どこまでも非力な自分。
もう、たくさんだ。もう、やめてくれ。こんな思いをするなら、いっそ。
「……なあ、慎吾」
「え?」
「慎吾なら守れるよ。だから……、頼むな」
「守る? ……小春を?」
窓から青い空を見上げる翔は、どこか遠くを見ていて、俺とは一切視線が合わなくて、何を考えているのかが分からなかった。
結局、翔からは返事は来ず、俺達はヘリコプターが舞う空をただ眺めていた。
あの日見た夕陽はもう目にすることは叶わないのかと、思いながら。
その後、小春と凛が戻ってきて、どこまでもバツの悪い俺だったが、凛が大げさに「氷水交換、行ってきまーす」と翔の手を引き始めた。
「もう大丈夫」だと手をブンブンと振るが、そのまま引っ張られてしまう翔。
どう考えても二人は体格差があり、翔が本気出したら凛なんて片手で跳ね除けてしまえるだろうが、それはしない。
女子に優しく、特に凛にはとことん弱い。
いつもああやって誰にも気遣えるんだよな、翔は。
……しかし、小春を守れってどうゆう意味なんだ?
凛じゃなくて、一番に小春を?
翔が意識を失くした時、無意識に呟いた名前は小春だった。
翔? まさか……?
小春と二人きりになるとまた静かになるが、そこに気まずさは一切なく、二人で並んで膝を抱えて座る。
小春も色々と思うことがあるのか、その横顔は硬く、目が合うが何も話すことなくまた空を見上げる。
彼の為にパパ活していた、音霧さん。
そんな彼女の気持ちを利用していた、北条くん。
それを暴露した三上さん。
三上さんにパパ活をしようと誘っていた、音霧さん。
もう関係がぐちゃぐちゃで、意味が分からない。この気持ちさえも。
日が高くなってくる頃、翔と凛が戻ってきて来た。
いつもの定位置となり、また沈黙が続くと思ったが、それを明るく破ってくれたのはやはり凛だった。
「ねえ。小春は、コスメの場所とか教えてもらってる?」
「……ううん。凛も?」
「うん。私達には必要ないって意味かなぁ?」
湿っぽい空気を変える、豪快な笑い声。しかし意味が分からないことがこれ以上増えることがどうにも気持ち悪くて、空気ぶち壊しな突っ込みをしてしまう。
「……コスメ?」
「ん? ああ……、いやね。小春と私以外の女子は、みんな化粧直ししているみたいなんだよねー」
「えっ! そうなの!」
「監禁されて半日以上が経つのに、あそこまで化粧は綺麗に残らないし、特に西条寺さんの巻き髪からはいつものスタイリング剤の香りがした。あれはゲーム直前にヘアを直しているってことなの」
「……うん。目が覚めて全員でゲームの話を聞いた時は、みんなの化粧は落ちてた。間違いなく一回目が始まるまでに、化粧直ししていると思う」
「な、なるほど……」
全く、気付かなかった。
女子はやはり、そうゆうところしっかり見てんだな。
凛だけじゃなくて、小春までも。
言われてみれば女子だけじゃなくて、男子もほのかな整髪剤の香りを漂わせていた。
そっか。一回目の時、神宮寺くんと西条寺さんに違和感を抱いたのは、ゲーム前の姿と変わっていたからだったんだ。
複雑に絡み合っていた糸が一本だけ解けたような気がして、僅かな安堵に包まれていく。
「それでさ。誰が何の目的で、このようなことをしているか探るべきじゃない?」
緩んだ表情をしていた凛が瞬きと共に険しい顔を見せ、俺達にそう呼びかけてきた。
「だから、ダメだって! 下手なことして爆発したらどうすんだ!」
「ちょっと、大きい声出さないでよ」
「……あ、ごめんな。別に怒ってるとかじゃないから」
翔の視線は凛ではなく小春で、慣れたように背中を丸める。
翔は小春に対して、一番優しかったりするんだよな。
「私達全員に制服を着てくるように指定してきたり、男子には整髪剤とか、女子にはメイク道具とか渡して来たり、明らかに見世物にされてる感があるんだよね。ヒントは与えているとかも言ってるし。つまり私達に考えさせたいんじゃないの?」
「確かに……」
普段、翔と凛が話している時は口を挟まないようにしているが、今日は気付けば声が漏れていた。
あの挑発的な態度。試すような発言。人が死ぬゲームを悠々と進行する主催者。
ゲーム会場でもない二階にも光る、監視カメラの数々。やはり、これは。
翔の静止も聞かず、凛はスマホを操作し始める。
俺達を安心させる為か今やっていることを逐一声に出していき、「『検索アプリ』、キーワードは『デスゲーム』、『赤い月』」とタップしていく。
一瞬、『赤い月』とは何のことかと思ったが、勝手にダウンロードされていたアプリには、アイコンも背景画も赤色の月だった。
気味が悪い演出かと思っていたが、これもヒントだったのか?
黙っている翔に顔を向けると、俯き、やたらダラダラと汗をかいている。
翔は、凛のことを本当に大切に想っている。
野球部のエースであり、この容姿の良さなら当然ながら女子にモテるが、翔はそうゆうのに一切靡かず、凛の側に居ようとする。
普段は勇ましい翔も、凛の話をする時はデレデレとしてしまい、顔なんて全く締まりがなくなってしまうぐらいにユルユルだ。
恋の魔法とは人格すら変えてしまうのだと関心してしまうぐらいだった。
そんな凛が命を賭けた危険なことをするなら、翔の性格上、自分がやると名乗り出てもおかしくない。
現に、危険を顧みず爆発に巻き込まれた凛を、身を挺して守ったのだから。
「これじゃないかな!」
凛のハッとした声に、考えていたことがシャボン玉のようにパチンと弾ける。俺達三人は凛のスマホに顔を寄せる。
あっとなって身を引くも、スマホからの他者の閲覧禁止アラームが鳴ることはなく、どうやら主催者が禁止しているのはあのアプリを見ることだけのようだ。
着せ替え機能を使用していない検索アプリには、ズラッと並ぶ英文と思われる文字。
恥ずかしながら英語は赤点一歩手前の学力であり、単語一つ一つをかろうじて読めるぐらいだった。
「あ、ごめん、待って」
俺は、よほどの顔をしていたのだろう。
目が合った途端に凛はスマホを引っ込め、何か操作を始める。
次に差し出されたのは日本語訳された拙い文章で、アプリの翻訳機能を使用してくれたと分かる。
英文を読んで、関連性があると判断した凛。怯むことなく読んでいた小春。
二人は頭が良く、特に英語は得意らしく、高校卒業レベルと言われる英検2級を高校入学してすぐに取得してしまうぐらいに。
翔は英語は苦手らしいが、その代わり理数系が得意らしく、将来は実家の医院を継ぐから医大にいくとか。
本当に、どうして三人は俺と変わらず側にいてくれたりとかするんだろうな?
そう思いながらスマホに目を向けるが、一つ引っかかる。
……翔は、読めたのか?
高一の冬休み。みんなでお金を出し合ってゲームを買ったが、取説が全て英文で「分からねー」と嘆いたのは俺だけじゃなかったはず。
スマホ画面には「国際指名手配犯」として名前が出ている、「レッドムーン」。日本の警察の中では、「紅の月」と呼ばれているらしい。
そのサイト情報によると会社、学校、小さな村などの集団の場に閉じ込めてはデスゲームを仕掛け、それを撮影した動画を裏動画配信サイトで公開。収益を得ていると記載されていた。
「視聴者」
主催者が漏らした言葉は、やはりそうゆう意味だったのか。
「なるほど、私達には化粧は不要ってことね……」
小春と凛は顔を合わせて、溜息混じりに笑って見せてくる。
一体、どうゆうことだろう?
「次はおそらく、成宮くんと三上さんカップルになりそうね」
同意するように小春は頷き、翔はただ聞いていて、またしても俺だけ置いてきぼりだった。
「どうして、分かるんだ? 何か、方式でも見つけたのか?」
「あ……。あくまで予想だから」
どうにも歯切れの悪い凛は、まだ調査が必要だとスマホに目を落とし、操作している。
そういえば北条くん達は二回目に自分達が指定される前から順番を察していたようだし、やっぱり何かあるんだ。
しかし今はそんなことより、情報を集めないと。いつまでも足手まといだなんて、いられるはずもないんだから。
そうだ。
どこか情報が少ないと感じた俺は、セーフサーチ設定をオフにし、再度検索をかけてみる。
するとヒット数は明らかに増え、一つずつのサイトの文章をコピーして翻訳機能を使うと、スマホには穏やかではない単語や文面に溢れてきた。
閲覧注意と前置きがされているその文章は、吐き気を催すほどの残虐なゲーム内容が記されていた。
なるほど、そりゃあセーフサーチ機能によりサイトブロックが入るはずだ。
どこか納得しながら和訳された文章を読んでいく中で気になったのは、警察の介入についてだった。
普通の犯罪者は警察を嫌う傾向にあるが、このゲームの主催者はむしろ好み、ゲームの手伝いをさせるらしい。
ゲーム参加者への食事の配給、脱走しそうになる参加者の足止め、ゲームが終わるまで妨害が入らないように警備するなど、信じられない内容だった。
……はぁ? 警察が? なんだよ、それ?
ザワッとしたものが全身に駆け巡り、昼前になり気温も上がっているというのに、鳥肌が立っていた。
海外の警察がおかしいと思いたかったが、日本でも同じ対応が取られている現状。
なんだよ、何なんだよ? どこの警察も犯罪者の味方なのかよ、ふざけんなよ! ……ゲームの協力って、それは共犯って言うんだよ!
スマホを持つ力が強くなってしまいながら和訳された文章を読み進めていくと、俺の考えはどれだけ短絡的だったかを思い知らされていく。
警察が参加者を救護しようとしたり、手伝いに非協力的だった場合。主催者はゲームを止め、容赦なく参加者全員を殺害する。
そのような悲惨的な事例は、一つ二つではないらしい。
『君、戻りなさい!』
小田くんが学校の敷地から出ようとした時、射撃してきたのはその為だったのか。
小田くんが無傷だったのは威嚇射撃だったから、玄関付近に居た俺を引き止めたのは、ルール違反を起こして指輪を爆発させないようにと、俺達の命を守る為だったんだ。
「なあ、これ」
この文章にどこか表情が和らいだ凛は、「私達が信じていた正義は、ちゃんと形を変えて存在してくれていたのね」と呟いた。
俺の中で言語化出来ない気持ちを凛が代弁してくれたようで、目頭が熱くなっていく。
思わず立ち上がり、窓からの景色を見下ろすと、そこには変わらず校舎内を囲っている機動隊員の姿。
直射日光が当たる中で、全身黒くて重い隊員服に身を包む、あの人達。
ここにいる人達は味方だ。
嬉しいような、安心したような、だけど恐怖が襲ってくるような、絶望するような。ぐちゃぐちゃな感情が、一気に押し寄せてくる。
警察に見捨てられていなかった希望。日本の秩序は健在しているいう安堵。警察でも対応出来ないほどの組織だという恐怖。俺達はこんな狂ったゲームを続けなければならない絶望。そんな思いが。
双眼鏡らしき物を使用し、こちらに目を向けていた機動隊。その一人と、視線が合ったような気がした。
衝動的に、「助けて」と叫びたかった。
もう四人が殺され、これからまた狂ったゲームが始まってしまう。
もう嫌だ。人が死ぬ姿を見たくない。頭がおかしくなりそう。俺も無惨に殺される。痛いのは嫌。死ぬのは怖い。頼むから、助けてくれ。
換気の為に開いていた窓から声を上げようと、手を振ろうとするが、声が出ないように唇を噛み締め、手をグッと握り締める。
俺が今叫んだところで、状況なんか変わらない。むしろ気持ちを抑えている三人を、動揺させてしまうだけだ。
「何かあった?」
「……いや」
凛の問いに軽く返して、こちらに視線を送ってくれている機動隊の人達に軽く会釈して、窓から離れる。
それで良いんだ、それで。
何か合図を送ってたとか主催者に誤解されるかもしれないから、関わりは持たない方が。
今こうやって俺が外を眺めている時も、みんなは少しでも情報を得ようと動いているんだから。翔も。
「ねえ、この書き込み。SNSやウェブサイトで参加募集を呼びかけているのを、見たことある人が居るらしいけど。まさか……ね」
俺と同様にセーフサーチ機能をオフにして検索をしていた凛の詰まるような声に、俺達は互いの顔を見合わせながらスマホを覗き込む。
今、凛が閲覧しているのは、ある個人が作った「紅の月」を考察するというwebサイト。そこには自由に書き込める掲示板が用意されており、そのコメントだった。
コメント一つずつを和訳するのは面倒だと凛が一つずつ英文を読み上げてくれるが、確かに同じような英文が散見され、それは一つや二つでない。
凛が和訳してくれる文章は、冗談にしてはあまりにも具体的で、凛曰く書き込みの文章に統一性もないらしい。
少人数がふざけて何度も書き込んだというより、多人数がそれぞれの感性と文章力で打ち込んだように見えると。
その中で、何度も目に付く一文。それは。
『Is there a world you want to destroy?』
「あなたが壊したい世界はありませんか?」
訳していてくれた凛の声が、僅かに震えていた。
必ずこの一文から始まるらしく、そこから参加募集について詳細に書かれたリンクに飛ぶらしいが、当然ながら実際にエントリーした人なんているはずもなく、因果関係があるかも不明だった。
しかし、そんな誘い文句に誘導されてしまった人なんて、本当に居たのか?
人が死ぬゲームだって、分かっていたよな?
……壊したい世界? それは自分とは関係ない遠くの世界の話なのか。それとも……。
「それにさ。気になっていたんだけど、この密告、上手く出来過ぎてない? 友達の秘密を知っているのはともかく、証拠品の提示であそこまで用意したり、調べがついてるのって、なんかおかしいって言うか……」
凛はためらってしまったのか、はっきりと断言はしない。しかし、言いたいことは分かる。
このゲーム参加者の中に、「裏切り者」がいるかもしれない。
そしてその人物が、このゲームにエントリーしたのではないだろうか?
アプリを使用する時に他者の目に触れたら操作出来ない仕様にしたのも、俺達を疑心暗鬼にさせる為……とか。
生徒達の中に、人間の皮を被った悪魔がいるかもしれない。
その事実に、悪寒がした。



