人間は男と女の二つに大別されている。


 しかし、男女だけではなく、更にダイナミクスと呼ばれる力関係からなる『Dom(ドム)(SMで言うところのS)』と『Sub(サブ)(SMで言うところのM)』という性別にも分類される。


 DomはSubを本能的に『支配しコントロールしたい』という欲求を持ち、逆にSubはDomに『尽くしたい、お仕置きされたい』といった欲求を持っている。
 勿論、どちらにも該当しない『Normal(ノーマル)』と呼ばれる人種が、ほとんどの割合を占めているのが現状だ。
 DomとSubは確固たる信頼関係で結ばれており、お互いがお互いの欲求を満たし合いながら愛情を深めていく。
 DomはSubを擁護し慈しみ、SubはDomのそんな愛情に応えるかのように一心に尽くす。
 この絶妙なバランスを保ちつつ、二人の中で決められたルールを守りながら、大切に大切に愛情を育んで行くのだ。


 ──葵、いい子だね。


 そう優しく囁きながら、自分の頭を撫でてくれる成宮先生が俺は大好きだ。
 自分を宝物のように大切に大切にしてくれるDom。出会えたことは、運命としか思えなかった。
 成宮が優しく体に触れるだけで、自然と体はSub space(サブスペース)へと堕ちて行く。それはまさに甘美の世界。
 その空間は、温かくて、フワフワしていて本当に気持ちいい。成宮先生のほっそりとした指に頭を撫でられるのが、大好きだった。
 
◇◆◇◆

「はぁぁぁぁ……」
「ふふっ。デッカイ溜息だなぁ」
「だってつまんないんだもん」
 

 俺は智彰が一生懸命机に向かっている処置室に居座り、診察台の上でゴロゴロしていた。
 まだ研修医である智彰は、ちょうど俺と成宮先生のいる小児科病棟で研修中である。今は、兄でもあり指導医でもある成宮先生が出したレポートをまとめている最中のようだ。
 そんな智彰を見つけた俺は、邪魔をしたら申し訳ない……と思いながらも、暇潰しに付き合ってもらうことにした。


「今日は早く仕事終わらせてデートしようって約束だったのに……急に運営会議だなんて酷過ぎる……」
 診察台の上で駄々っ子のように手足をバタバタさせた。 
 楽しみにしていたデートがお預けになってしまったことが、悔しくて仕方ない。
 明らかに不服だ……と言った顔で、頬っぺたを膨らませれば、「まるで子供だね」と智彰がクスクスと笑っている。


「しょうがないだろ? 急に院長の出張が決まって、しばらく病院を離れるんだからさ」
「わかってる! わかってんの! たださ……」
「ん?」
 普段聞き分けが良い俺がいつまでも拗ねていることに、智彰がびっくりしたような顔をする。
 でもたまには、俺だっていじけたり拗ねたりしてみたいんだ。


「たださ、千歳さんにお前は『何もできないんだから、大人しく待ってろ』って言われてる気がしてならないんだ」
「そんなことを兄貴が思ってるわけないだろ?」
「わかってる。わかってるけどさぁ」
 わかってるけど納得できない……。
 成宮先生があんなに忙しい思いをしているのに、自分はそれを見ていることしかできないなんて。


 ……それに、最近ずっと忙しかった成宮先生が、わざわざ時間を作ってデートに誘ってくれたんだ。俺は、それが嬉しくて、この日をずっと待ち侘びていた。
 ずっとずっと、楽しみにしてたんだ。


「本当に楽しみにしてんだね。葵さんは可愛いいなぁ。兄貴が葵さんを大事にしたいって思う理由がわかるよ」
 智彰が俺のほうを向いて、優しく微笑む。
 その顔が成宮先生とそっくりで……胸がズキズキッと痛んだ。


「俺……千歳さんに、いい子いい子してもらいたい」
「え?」
「千歳さんに構ってもらいたいんだ」
「そっか……」
 俺は、本能的にDomとしての成宮先生を求めてしまっている。体の全てが彼を求めてやまないんだ。


「俺にもこんなSubがいたら、どんなに幸せだろう……きっと、凄く凄く大切にするだろうなぁ。本当、兄貴が羨ましいよ」
 そう寂しそうに笑う智彰に、俺は気付いてやれなかった。
 ただただ、俺は成宮先生に会いたかったから。


「早く帰ってこないかなぁ」
 先程からスマホをチラチラ見ながら、しきりにメールを確認する俺は、Domの帰りを健気に待つSubそのものだろう。