世の中の理が、変わったのだという。
 神代の昔から、この国を導いてきたのは月の満ち欠けによる暦だった。種まきの日どり、祭りの日、忌むべき日……満月の夜は少しだけ夜更かしを許され浮かれる一方、新月の夜は何がなんでも早寝を強いられる。
 夜の闇には月の理に従うあやかしが潜み、ふらふらと歩いていると化かされたり攫われたりするのだと親は子どもに言って聞かせた。
 だから小夜子(さよこ)は優しく丸い月が守ってくれる満月の夜が好きだったし、月が頼りなく細くなるにつれ、なんとか新月にならずに乗り切れないものかと、月が見える窓辺に夕飯のおかずをお供えして太らせようとしたこともある。
 
「いいかい小夜子。お前が太らせなくても、おつきさまの周りにはたくさんおほしさまがいるから、それを食べて大きくなれるんだよ」
「おほしさまって、おつきさまのご飯だったの!?」
 
 口から出まかせの父の戯言を幼い小夜子は信じた。その瞳が星くずのように輝いていたからなのか、ついつい父は興が乗ってまことしやかに語ってしまったと後に語る。
 
「そうさ。満月の夜、おつきさまの周りにおほしさまがいないのはぺろりと食べてしまったから。新月の時におほしさまがよく見えるのは、食べすぎてお腹を壊したからなんだよ」
「そうなの? おつきさまもおとうさまみたいなことするのね」
「……そうだね。んん、まあそれはそれとしてだ」
 
 わざとらしく咳払いをした父親が夜空を見上げる。
 
「わたしたち、香々瀬(かがせ)の家はそのおほしさまを大切にする家だ。おつきさまが輝くにはおほしさまが欠かせない。だからよく勉強するんだよ」
 
 くしゃりと頭を撫でられ諭されても、幼い小夜子にはあまりよくわかっていない。
 
「おほしさま、どんなにおいしいのかしら」
 
 こてんと首を傾げて空を見上げる小夜子に、父は話の流れが変わらなかったことに苦笑しつつも小夜子に話を合わせてやる。
 
「そりゃあもう……うまいんだろうなあ」
「おとうさまは食べたことある?」
「んー、食べたことはないが……おかあさまのお料理以上にうまいもんなんかないだろう?」
「うん!」
「よーし。じゃあ、その美味しい料理は小夜子がきちんと食べなさい。小夜子の分は食べないように、おとうさまからおつきさまに言っておいてやるよ」
 
 それから小夜子は星を見るとどこか口の中が甘くなるようになった。
 大好きな月がぺろりと平らげる星はどんな味がするのだろう? そんな疑問を抱きつつ、家の書庫をさまよってみたが答えは無い。
 ある夜は庭に出て、深呼吸がてらどうにか星の欠片が降ってこないかと行儀悪くも舌を伸ばしてみたものの、案の定、母に見咎められるだけだった。そして、その流れで父の作り話だと知ってしまった小夜子はひどくがっかりして、数日間は父と口をきかなかった覚えがある。
 しかし真実を知った後も、変わらず星も月も小夜子の目を惹き続けることに変わりはなかったのは、彼女が星の神を祀る家――香々瀬家の者であったからなのだろうか。