驚いた珠子は千佐と手を取り合って姉妹の部屋に向かう。
 途中、渡廊を歩いているときに雷が鳴った。雨はやみそうにない。

 部屋についてみると、父が凪子を叱りつけていた。

「この阿呆が。あれほどやめろと言ったのに、まだこんな男と続いていたのか!」
「だって。この邸では誰も私のことを見てくれない。褒めてくれない! この冬生(ふゆお)だけが私をなぐさめてくれたの。私は珠子みたいにうつくしくないし、麻子さまのように家事ができない」
「だからって、宮道家の娘ともあろう者が地下人(じげにん)を迎えるとは、情けない。しかもその男のために、『神の御手』も縋るとはなんという愚策」

 珠子は『神の御手』が使われた瞬間をはじめて見た。

 先ほど、姉は恋人と結ばれるように『神の御手』に願った。
 どうやら、父が『神の御手』を使う前に先んじて発動させたらしい。雷かと見紛うほどの強い光の正体は、姉の『神の御手』だった。

 たったひとつしか持っていない大切な『神の御手』を、恋のために使うとは大胆。
 だが、相手の冬生はどこかへ逃げてしまい、姿がない。

「せっかくのご縁、神の導きだと考えないのか」
「この私に良縁など来ると思って? この顔をよくご覧なさい。裳瘡(もがさ・天然痘)に罹って、あばたの残ったひどい顔を」

 姉の額から右頬には、幼いときに疫病にかかった痕が濃く残っている。
 赤く、焼けただれたような皮膚はどんなに化粧をしても隠せなかった。

 物心ついたころになると姉は引きこもる暮らしになり、珠子が寺社参詣など外出に誘っても、まったく乗ってこなかった。
 しぜんと珠子は母と出歩くことが多くなり、気晴らしを求める女房たちも珠子について来るので、凪子はますます孤独を深めた。

 そんな中、冬生が凪子を支えたのだろう。

「私は冬生と一緒にいたいの」

 どんなに父に責められても、姉のことばは変わらない。決意があった。

 どきどきと、珠子の胸がざわついた。凪子は自分の恋を守るために、強く、輝いている。

 思わず千佐の手を強く握ってしまったが、珠子の動揺を悟ったのか、千佐はやさしく握り返してくれた。

「そこにいるのね、珠子」

 凪子が珠子を指さした。

「あなた、私の代わりに、これからお客さまの夜伽に行きなさい。気まぐれなお貴族さまの一夜の仮寝に」