あやかしは、時に災いをもたらし人を殺すことがある。
それを祓うのが私たち巫女のつとめである。


「洲崎家に嫁げ、ちえ」

父から放たれた言葉。
到底すぐに頷くことなんてできなかった。
話があると重々しい顔で私を呼び出した父。嫌な予感はしていた。
父は怪訝な顔をしている私を見て1つ咳払いをしたあと言葉を続ける。


「洲崎家の次男からの直々の頼みだ」


「次男って…」


数ヶ月前、洲崎の次男はその名家の当主となった。
23歳という異例の若さである。
というのも、それには理由があった。


「洲崎家って、あの一家斬殺事件の?」


「まこと!勝手に入ってくるんじゃない」


好奇心を抑えきれない声色で父と私がいる部屋に入り込んできたのは妹のまことである。
父の制止をよそに私の隣に正座して何が面白いのかクスクスと笑い始めた。


「お姉さま、19でやっと嫁ぎ先決まったのね!しかもあんな闇深い名家に嫁ぐなんて!
なにか理由でもあるの?父上」


「今から説明をするところだ、まことは下がっていなさい」


「いいじゃない、私にも聞かせてよ」


ただをこねるように体を揺らしたまこと、ひらひらと着物の袖が揺れる。そんな無邪気な雰囲気ですすめる話ではないのに。
父が私に視線を向け、私は小さく頷いた。
別に妹に聞かれようと私が行かなければならないのは揺るがない決定事項だ。そう父の瞳が言っているようだった。


「洲崎家の数ヶ月前の事件、覚えているか」


「ええ、一家ほとんどが殺されて見つかったのよね」


私の言葉に父が頷いた。
狭い町だ。大きな事件が起きればすぐに耳に入ってくる。それに洲崎家という名家ともなるとその話は瞬く間に広がっていった。にもかかわらず事件は解決していない。


「洲崎家の血を引くものがほとんど殺された中、生き残ったのが当主の息子の1人、櫂と、召使いの丸田という男だ」


洲崎櫂。次男だったこの男が必然的に洲崎家の当主となった。それ以外は全員死んでいる。
なぜ、櫂だけ生き残ったのかも分かっていないのが現状。そしてなんで私はそんなところに嫁がないといけないんだろう。

解せない気持ちが渦巻く中感情を吐き出すのをぐっとこらえて父を静かに見つめる。


「新しく当主となった櫂という男なんだがな…」


少し考え込むように顎に手を添えた父にまことが身体を前のめりにして鼻を鳴らした。


「美男子ってきいたわよ!」


「え、ああ、まあ、そうなんだが、欠点がいくつかあってその中に嫁がなければいけない理由がある」


「なんですか、欠点って」


私が急かすようにそう問えば父は言いづらそうに瞳を泳がせて小さく口を開いた。


「次男坊の櫂は跡継ぎとして育てられておらずずっと家の中で仕事の手伝いをしていたそうなんだ。
いきなり当主になるのは心許ないって話だったから、良い位の軍人に引き入れたらしいんだがこれが全く役にたたなかったらしい」


「役に立たないとは?」


「ひどく臆病者だったとのことだ」


…臆病者。


「血をみるのも怖くて、戦いはおろか軍人のくせしてあやかし退治もできない」


「うわあ…」


まことが哀れなものをみるかのように口元に手を添えて声を洩らした。気持ちは少し分かる。


「そして、なぜ洲崎家が櫂を外に出したがらなかったのか、だ」


父は息をはいて、少し心落ち着けるようにゆっくりとまばたきをしたあと私を見つめた。



「あやかしが彼のもとによく寄ってくる」