ひな乃は血のように赤い着物を着せられ、化粧まで施されていた。
土色だった顔色は陶器のように白く塗られ、ボサボサだった髪も艷やかにまとめ上げられている。
痩せこけた頬は隠しようがなかったが、遠目から見れば美しい巫女の姿となっていた。
今日はひな乃が月に一度、湯浴みが出来る日。
だか苦痛に耐えねばならない日でもあった。
「毒巫女様、本殿で当主とヤツガミ様がお待ちです」
使用人が恭しく頭を下げる。
ひな乃は薄暗く細い廊下を渡り、本殿へと歩みを進めた。
これから毒巫女による神事が始まるのだ。
ひな乃は本殿の中央に座り、目の前に置かれたガラス瓶を見つめる。
「ヤツガミ様に礼を」
少し離れたところから発せられた当主の声に従い、目の前の神像に礼をする。
ヤツガミ様の神像は、手が何本もある不思議な像だ。
ギョロリとした八つの目がこちらを見ている気がする。
なんとも居心地の悪い場所だ。
何度見ても恐ろしい。
これが本当に神様なのだろうか。
神は神でも邪神ではないだろうか。
ひな乃は心の奥底にその疑問をずっと抱えていた。
けれどそれを表に出すことは許されない。
ここではヤツガミ様が絶対神なのだから。
ひな乃は恐怖心を紛らわすため、神像を見ないように俯いていた。
今から行われる神事は、神像を見るよりはるかに恐ろしいのだけれど――。
当主がヤツガミ様に祝詞を述べている。
「来られませ 来られませ 毒を喰らい財を吐く者 我らの声に応じ、黄金を降らせたまえ!」
あぁ、もうすぐ時間だ。
ひな乃の心音がドクドクと音を立てている。
逃げられないと分かっていても、この瞬間が大嫌いだった。
「ヤツガミ様! 今宵も良い毒をお持ちしました。我ら八久雲家にご加護を! ほら、飲め」
「はい……」
ひな乃はガラス瓶に入った毒を一気に飲み干した。
「うぅっ……!」
吐き出してしまいそうな苦みを飲み込むと、程なくして全身が痺れて動かなくなる。
座っていられずに倒れこむと、当主は嬉しそうに神像に語りかけた。
「毒巫女をご覧くださいヤツガミ様。今宵の毒は、しびれ毒です。今日この素晴らしい新月の夜に、新たなる毒を捧げましょう。どうか我らに繁栄を!」
薄れゆく意識の中で、ひな乃の目の前にキラキラと輝く物がポタポタ落ちてくるのが見えた。
砂金だ。
どうやら今日の神事も成功らしい。
ヤツガミ様は満足したのだろう。
あぁ、もう目を閉じることも出来ない。
涙が溢れていくのを感じる。
――早く終わって。
薄れゆく意識の中で、ひな乃はぼんやりと月を思い浮かべた。
ひな乃は、新月の夜が大嫌いだった。
土色だった顔色は陶器のように白く塗られ、ボサボサだった髪も艷やかにまとめ上げられている。
痩せこけた頬は隠しようがなかったが、遠目から見れば美しい巫女の姿となっていた。
今日はひな乃が月に一度、湯浴みが出来る日。
だか苦痛に耐えねばならない日でもあった。
「毒巫女様、本殿で当主とヤツガミ様がお待ちです」
使用人が恭しく頭を下げる。
ひな乃は薄暗く細い廊下を渡り、本殿へと歩みを進めた。
これから毒巫女による神事が始まるのだ。
ひな乃は本殿の中央に座り、目の前に置かれたガラス瓶を見つめる。
「ヤツガミ様に礼を」
少し離れたところから発せられた当主の声に従い、目の前の神像に礼をする。
ヤツガミ様の神像は、手が何本もある不思議な像だ。
ギョロリとした八つの目がこちらを見ている気がする。
なんとも居心地の悪い場所だ。
何度見ても恐ろしい。
これが本当に神様なのだろうか。
神は神でも邪神ではないだろうか。
ひな乃は心の奥底にその疑問をずっと抱えていた。
けれどそれを表に出すことは許されない。
ここではヤツガミ様が絶対神なのだから。
ひな乃は恐怖心を紛らわすため、神像を見ないように俯いていた。
今から行われる神事は、神像を見るよりはるかに恐ろしいのだけれど――。
当主がヤツガミ様に祝詞を述べている。
「来られませ 来られませ 毒を喰らい財を吐く者 我らの声に応じ、黄金を降らせたまえ!」
あぁ、もうすぐ時間だ。
ひな乃の心音がドクドクと音を立てている。
逃げられないと分かっていても、この瞬間が大嫌いだった。
「ヤツガミ様! 今宵も良い毒をお持ちしました。我ら八久雲家にご加護を! ほら、飲め」
「はい……」
ひな乃はガラス瓶に入った毒を一気に飲み干した。
「うぅっ……!」
吐き出してしまいそうな苦みを飲み込むと、程なくして全身が痺れて動かなくなる。
座っていられずに倒れこむと、当主は嬉しそうに神像に語りかけた。
「毒巫女をご覧くださいヤツガミ様。今宵の毒は、しびれ毒です。今日この素晴らしい新月の夜に、新たなる毒を捧げましょう。どうか我らに繁栄を!」
薄れゆく意識の中で、ひな乃の目の前にキラキラと輝く物がポタポタ落ちてくるのが見えた。
砂金だ。
どうやら今日の神事も成功らしい。
ヤツガミ様は満足したのだろう。
あぁ、もう目を閉じることも出来ない。
涙が溢れていくのを感じる。
――早く終わって。
薄れゆく意識の中で、ひな乃はぼんやりと月を思い浮かべた。
ひな乃は、新月の夜が大嫌いだった。