「実はお前が赤子の頃、手を握ったことがある」

柊からこぼれた言葉は、思いがけないものだった。

「え? い、いつですか?」
「お前の両親は月守の姓を持ちながら、月守家と距離を置いていた。だがある夜、赤子を抱いて俺の社までひっそりとやってきたのだ」

ひな乃にとってそのことは初耳だった。

「俺は姿を消していたが、彼らは『この子の夜が輝くように』と願っていた。俺はお前に加護をやるか決めあぐねて額に手を伸ばしたのだが……」
「?」
「手を掴まれて食べられた」

懐かしそうに笑う柊。
ひな乃は青ざめた。

「手っ……!? も、申し訳ありません! なんということを!!」
「ははは。あれは良い経験だったな。だがそうして戯れているうちに、お前の両親は祈りを終えて帰ってしまった。俺はあの赤子に加護を授けなかったことを、少し後悔した」

間もなくひな乃の両親は、病で亡くなってしまった。
ひな乃が八久雲家に引き取られたことで、柊はひな乃の気配が分からなくなったそうだ。

「だからひな乃が俺の心臓を飲んだ時、お前の魂に呼ばれた時、俺は行かねばと思ったんだ。亡骸だけでも弔ってやるべきだと」
「それで私のもとに来てくださったのですね」

生まれた時から気にかけてくださった。
父や母も私を大切にしていた。
私は最初から一人じゃなかったのね。

ひな乃の目にじわじわと涙がこみ上げてくる。

「その上、お前は生き返った。これも縁なのだろう。いや、縁でなくとも構わない。ひな乃、最期までともに……」
「おります! 絶対に最期までっ!」

柊が言い終わらぬ内に、ひな乃は叫んだ。

「柊様を好いているのですっ! 私はこのご縁を嬉しく思っているのです!」

ひな乃は思わず口を塞いだ。
勢いでとんでもないことを言ってしまった。

柊の話が嬉しくて、本心が出てきてしまったのだ。

口から出てしまった言葉はもう取り消せない。
ひな乃がおそるおそる柊の様子を伺うと、彼はきょとんとしていた。

「あっ、あの……今のは……」
「ははは。運命とやらに感謝しないとな」

そう言って微笑む柊。
その表情は、これまでひな乃が見たことがない程嬉しそうだった。

「俺もひな乃を好いているよ」

そうして柊はひな乃を抱き寄せ、そっと唇を重ねた。




【完】