月守(つきもり)ひな乃は、母親が八久雲の一族だった。
しかし父と駆け落ち同然で結婚をし、八久雲と縁を切ったのだそう。

だがひな乃が生まれて間もなく、両親ともに流行病で亡くなってしまった。
父方の月守家はひな乃を引き取ることを拒絶したらしく、八久雲家に拾われたのだ。

『拾われた恩を感じるのなら、死ぬまで八久雲に尽くせ』

物心つく頃からそう言われて育ったひな乃。
せめて能力者としての力が発現すれば、少しは扱いが変わったのかもしれない。
しかしひな乃には能力が発現しなかった。

『両親にも能力にも見捨てられた娘』

などと呼ばれることも少なくない。

最初は孤独や絶望、寂しさを覚えていたが、いつしかそんな気持ちは忘れ去ってしまった。



「あんなところに裏切り者がいるわ。また茜様とやり合ったみたい」
「びしょ濡れじゃない。みっともないわねぇ。あれでも一応八久雲の一族なんだから」
「いくら半分は八久雲の血っていってもね……裏切り者の血だもの」

この屋敷の人々は皆、ひな乃の出自を知っている。
だからひな乃やその両親は、堂々と裏切り者と呼ばれるのだった。

「茜様が苛立つのも無理ないわ」
「本当ね」
「あんな子、物置小屋だってもったいないのに……当主様は優しすぎよ!」

使用人たちの声がひな乃の背中に突き刺さる。
ひな乃は何も言わずに物置小屋へと入っていった。



裏庭のじめじめした場所に、ひっそりと建っている古めかしい物置小屋――それがひな乃に与えられた居場所だった。

――寒い。

着替えなければ凍えてしまうほどの寒さだ。

ひな乃は、ぶるぶると震える身体をボロボロの手ぬぐいで拭き、なんとか服を着替える。
それでも透けるほど薄く古ぼけたの着物は、ひな乃の身体から熱を奪っていく。

濡れた髪の毛も凍ってしまいそうだった。
そばにあった薄汚れた布切れで髪を拭く。

そうしてなんとか身体の水分をふき取ると、藁の上で身を丸めた。
小さく丸まって、なんとか寒さを凌ぐ

この物置小屋の端が、ひな乃の唯一の居場所だった。