「起きたか?」
「柊様……」

ひな乃が目を覚ました時、布団の横から心配そうに見つめる柊と目が合った。

なんだか初めて会った時みたい。

ひな乃が思わず「ふふっ」と笑いをこぼすと、柊は不思議そうな顔をした。

「何かおかしいか?」
「いいえ。ただ安心して……ふふふっ」
「そうか」

ひな乃の笑い声につられるように柊も微笑んだ。



それからひな乃は柊から事の顛末を聞いた。

ヤツガミが神格ではなかったこと。
ヤツガミが滅んだこと。
八久雲家も同様だということ――。

「だからもう心配はいらない。ヤツガミが追ってくることは二度とない」

ひな乃はその言葉に心底ホッとしていた。

「これ以上柊様に迷惑をかけずに済みそうです」

ひな乃が笑うと、柊が眉間にしわを寄せた。

「迷惑などと思ったことはない。これまでも、これからも」
「……」

ひな乃は思わず黙り込んだ。

――柊様は優しすぎる。

他の人にもこんなに親切なのだろうか。
そうだとしたら……。

モヤモヤとした感情がひな乃の頭を支配した。

「……ひな乃」
「は、はいっ」

急に名前で呼ばれたひな乃の心臓がドキリと跳ねる。

「もう傷は塞がったはずだが、痛むところはないか?」
「はい、起きたら痛みは全くありませんでした」

ひな乃はあの時確かに心臓を貫かれた。
痛みも確かにあった。

それなのに起きたらいつも通りの身体だったのだから、死ねないというのは本当なのだろう。

八久雲の当主に振るわれた鞭の傷跡が消えたのも、ひな乃の身体が人ではなくなったからだったのだ。

柊様をお守りするためには都合が良い身体だわ。

そう思っていた――。


「ひな乃」

ひな乃が「はい」と返事をする前に、柊はひな乃の心臓の上に手を置いた。

「もう無茶はするな」
「でも……死なないのですよ?」
「そんなことは関係ない。ひな乃が傷つくところを見たくないだけだ」
「なぜ……私は大丈夫ですのに」

ひな乃は不思議だった。
柊にとってひな乃は、偶然縁を切れなくなっただけの相手のはずだ。

しかもひな乃は死なない便利な身体つき。

自分のことを自分以上に大切にしてくれる柊の感覚が、ひな乃には理解できなかった。


そこまで過保護にならずとも、おそばにいます。

そう言いかけたが、柊の苦しそうな表情を見たら言葉が引っ込んでしまう。


どうして――。

「柊様はお優しいのですね。私のような者にも……」

苦笑するひな乃。
すると柊はひな乃の頭をそっと撫でる。
その表情は柔らかかった。

「誰にでも気にかけるわけじゃない」
「え?」