生き返った物置小屋の毒巫女は、月神様に攫われる

当主が叫ぶと、ヤツガミが柊めがけて鋭く尖った足を伸ばした。

「柊様!」

危ない、と思った時にはひな乃の身体は勝手に動いていた。
柊の前に立ち塞がると、彼を守るようにして両手を広げた。

「ひな乃!」


グサッ――。


柊の声と同時にヤツガミの足がひな乃の心臓を貫いた。
ひな乃から銀色の血がダラダラと流れ出る。

柊様の心臓と同じ色。
あぁ、私は本当に人ではなくなったのね。

ひな乃は痛みの中、ぼんやりと自分の血を見つめた。



「あんた……なんなの? 人間じゃない! 化け物!!」

茜が青ざめた顔でひな乃を指さす。
ヤツガミはキョロキョロとしている。まるで誰かを探しているようだ。
銀色の血によってひな乃の匂いが変わったせいで、見失ってしまったのだろう。

「ヤツガミ様! ひな乃はそれです! ヤツガミ様!」

後ろから八久雲家当主が叫ぶが、ヤツガミには届かなかった。

「本当に死にませんね。柊様の心臓のおかげです」

振り返って柊に微笑みかけるひな乃。
柊は怖い顔をしていた。

「何故前に出た? あの程度で俺が死ぬことはない!」
「でも、あれが刺さったら痛いでしょう? 私、痛いのは慣れていますから。……少しは柊様をお守り出来ましたでしょうか?」
「……あぁ。感謝している」

柊の声は少し掠れていた。

ヤツガミの毒が回ってきたのか、ひな乃の意識は朦朧とし始めた。

「良かった……。死なないのに、毒は……効くの、です、ね……」

安堵したひな乃は、そのまま気を失った。




柊はひな乃を優しく抱き上げると、ヤツガミを睨みつける。

「ひな乃は俺の一部だ。彼女を傷つけることは俺を傷つけることと同義。許しはしない!」

柊が怒りをあらわにすると、瞳が金色に輝き出した。
その強い光が甘味処を包み込む。

ヤツガミはその光を浴びると、ジュワジュワと音を立てて溶け始めた。

「ヤツガミ様!」
「あぁ……! ヤツガミ様があっ!」

茜と当主が悲鳴を上げる。

ヤツガミだった影は踊るようにその身をくねらせていた。
柊に攻撃しようと手を伸ばすが、その手も溶けて消えてしまう。

「自らを神だと偽る行為。あやかしの理にも反する。お前は消える運命だ」

柊の言葉にヤツガミが断末魔の叫びを上げる。

金属音のような、赤子のような声とともに、ヤツガミは跡形もなく消え去った。

「そんな……」
「ヤツガミ様?」

茜と当主はその場に立ち尽くしている。
柊はゆっくりと二人を見た。

「お前たちの崇める神は滅んだ。もともと奴は神格ではない。単なる『カミモドキ』だ。長年そんなことも気づかずに崇めていたとは、情けない一族だな」
「嘘よ! ヤツガミ様は、私達の神様だったわ! 消えるはず……ない」
「我が代で八久雲の一族が滅びるなど……ありえない」

膝から崩れ落ちる茜。
当主もぶるぶると青い顔で震えていた。

自分たちが一族で崇めていたあやかしが神格ではなかった。
それは能力者の家系としての終わりを意味している。
ヤツガミが生きていたとしても、もう八久雲家はお終いなのだ。

「さて、もうお前たちを守るものはない。後悔はあの世でするんだな」

柊が冷たく言い放つと同時に、二人は気を失ったかのように倒れこんだ。
そしてヤツガミと同じように溶けて消えていった。