月神の心臓を飲んで息を吹き返す。
それはまさにひな乃のことだった。

ひな乃は目を丸くして柊を見つめる。

「戯れのような言葉だった。信じてはいなかった。だがお前が心臓を飲んだ瞬間、お前に呼ばれた気がしたんだ。そして八久雲の屋敷でお前を見た時、確信したんだ。あの言葉は真実だったと……」

柊の瞳には苦悩が見える。

「お前は俺のせいで人ではなくなった。お前の人生をねじ曲げてしまった。今のお前はあやかしのような存在だ。その上、俺に縛られている状態だ。俺が死ぬまでお前は死ねない……どんなに望もうと」

あぁ――。

ひな乃はようやく理解した。
これが柊の語る「呪い」の正体だったのだ。


今度はひな乃が柊の手に自分の手を重ねる。

「私が柊様の心臓を飲んでしまったせいで、ご迷惑をおかけしてしまいましたね。申し訳ありません」

ひな乃が微笑むと、柊は目を丸くした。

「俺を恨まないのか?」

ゆっくりと首振るひな乃。

「私は今、幸せなのです。甘味処で甘いものを食べられて幸せです。やわらかいお布団の中で眠ることが出来て幸せです。それに、柊様がそばにいてくださいます。これを幸せと呼ばすして、何と呼ぶのでしょう」

柊はひな乃の言葉にふっと力を抜いた。

「俺に呪われたのに、呑気な奴だ」
「ふふっ、そうかもしれませんね。ですが私は一度死んだ身。ならば何を恐れることがあるのでしょうか。どうぞ柊様のお好きになさってください。それが私の望みです」

柊とともに最期まで過ごせる。
ひな乃にとってそれは、もう一人ではないということ。
孤独ではないということだった。

「これからお前に迷惑をかけるかもしれない」
「構いません。その代わり、そばにおいてくださいませ」

二人は見つめ合い、笑い合った。