ところが痛みを感じることはなかった。
「すまない。遅くなった」
目を開けると、ひな乃の横に柊が立っていたのだ。
茜は手を振り上げたまま、目を丸くしている。
「柊様! どうしてここに?」
柊はひな乃の顔を見ると目を細めた。
そしてひな乃を庇うように茜の前に立ちふさがった。
「こいつに手を出したな」
「月神……。勝手に八久雲の屋敷の敷居を跨がないでちょうだい。ここはヤツガミ様のための場所よ!」
茜の言葉に柊はあざ笑うように口を歪めた。
「こんな趣味の悪い所、誰が好んで入るものか。ひな乃を取り戻しに来ただけだ。一度手放したのに惜しくなったのか? 本当にお前達は愚かだな。こいつはもう俺のものだ。二度とひな乃に近づくな! 次にひな乃に何かしてみろ。一族もろとも滅ぼしてやる」
怒りをあらわにした柊。
あまりの威圧感に茜が膝をついた。
「月神……。こんなことをして、ヤツガミ様が許さないわよ!」
悔しそうな茜を無視して、柊はひな乃に向き直った。
「動けるか?」
「は、はい」
「なら良い。怪我の具合は家に帰ってから診よう」
柊は「行くぞ」とひな乃の肩を抱き、そのまま天井を突き破って空へと飛び立った。
「きゃあっ!」
ひな乃が悲鳴を上げている間に、どんどんと柊は空へと上っていく。
憎々しげにこちらを睨む茜の姿が小さくなって、またたく間に見えなくなってしまった。
ひな乃は空を飛んでいることに身を固くしながら、必死で柊にしがみついた。
甘味処まではあっという間だった。
「大丈夫か? どこか痛むか?」
「大丈夫です。もう痛くありません。傷もほとんどありませんでした」
柊は甘味処に到着するなり、ひな乃の怪我の様子を心配していた。
だが不思議なことに身体の痛みは消え、傷も残っていなかった。
「そうか」
柊は短いため息をつくと、ひな乃に温かいお茶を淹れてくれた。
「飲んで一息つけ」
「ありがとうございます。いただきます」
礼を言ってからゆっくり飲むと、身体がじんわりと温かくなる。
ほぉっと息をつくと、目の前の席に柊が腰かけた。
「助けていただきありがとうございました」
「お前の気配が途中で途絶えたから、上手く追えなかった。八久雲め、小賢しいマネをしてくれる。遅くなって申し訳なかった」
頭を下げた柊に、ひな乃は飛び上がって自らも頭を下げた。
「どうかお止めください! 頭を上げてくださいませ。約束を破って勝手に出て行ったのは私です。私が悪いのです。どうか罰してくださいまし」
ひな乃は床に座り直し、頭を地面につけた。
どんな理由があっても柊の言いつけを破ったのだ。
罰を受けるのは当然。
ひな乃はそう考えていた。
けれど柊はひな乃に罰を与えることはしなかった。
「八久雲がお前を探しているのには気づいていた。それなのに対応できなかったのは俺だ。ヤツガミがあんなにお前に執着しているとは……。ほら、頭を上げろ」
「ですが……」
「罰することなど、あるはずがないだろう」
優しい声色に思わずひな乃が頭を上げると、柊は微笑みながらひな乃の頭を優しくなでた。
「少し、話をしよう。お前にかけられた呪いについて」
「すまない。遅くなった」
目を開けると、ひな乃の横に柊が立っていたのだ。
茜は手を振り上げたまま、目を丸くしている。
「柊様! どうしてここに?」
柊はひな乃の顔を見ると目を細めた。
そしてひな乃を庇うように茜の前に立ちふさがった。
「こいつに手を出したな」
「月神……。勝手に八久雲の屋敷の敷居を跨がないでちょうだい。ここはヤツガミ様のための場所よ!」
茜の言葉に柊はあざ笑うように口を歪めた。
「こんな趣味の悪い所、誰が好んで入るものか。ひな乃を取り戻しに来ただけだ。一度手放したのに惜しくなったのか? 本当にお前達は愚かだな。こいつはもう俺のものだ。二度とひな乃に近づくな! 次にひな乃に何かしてみろ。一族もろとも滅ぼしてやる」
怒りをあらわにした柊。
あまりの威圧感に茜が膝をついた。
「月神……。こんなことをして、ヤツガミ様が許さないわよ!」
悔しそうな茜を無視して、柊はひな乃に向き直った。
「動けるか?」
「は、はい」
「なら良い。怪我の具合は家に帰ってから診よう」
柊は「行くぞ」とひな乃の肩を抱き、そのまま天井を突き破って空へと飛び立った。
「きゃあっ!」
ひな乃が悲鳴を上げている間に、どんどんと柊は空へと上っていく。
憎々しげにこちらを睨む茜の姿が小さくなって、またたく間に見えなくなってしまった。
ひな乃は空を飛んでいることに身を固くしながら、必死で柊にしがみついた。
甘味処まではあっという間だった。
「大丈夫か? どこか痛むか?」
「大丈夫です。もう痛くありません。傷もほとんどありませんでした」
柊は甘味処に到着するなり、ひな乃の怪我の様子を心配していた。
だが不思議なことに身体の痛みは消え、傷も残っていなかった。
「そうか」
柊は短いため息をつくと、ひな乃に温かいお茶を淹れてくれた。
「飲んで一息つけ」
「ありがとうございます。いただきます」
礼を言ってからゆっくり飲むと、身体がじんわりと温かくなる。
ほぉっと息をつくと、目の前の席に柊が腰かけた。
「助けていただきありがとうございました」
「お前の気配が途中で途絶えたから、上手く追えなかった。八久雲め、小賢しいマネをしてくれる。遅くなって申し訳なかった」
頭を下げた柊に、ひな乃は飛び上がって自らも頭を下げた。
「どうかお止めください! 頭を上げてくださいませ。約束を破って勝手に出て行ったのは私です。私が悪いのです。どうか罰してくださいまし」
ひな乃は床に座り直し、頭を地面につけた。
どんな理由があっても柊の言いつけを破ったのだ。
罰を受けるのは当然。
ひな乃はそう考えていた。
けれど柊はひな乃に罰を与えることはしなかった。
「八久雲がお前を探しているのには気づいていた。それなのに対応できなかったのは俺だ。ヤツガミがあんなにお前に執着しているとは……。ほら、頭を上げろ」
「ですが……」
「罰することなど、あるはずがないだろう」
優しい声色に思わずひな乃が頭を上げると、柊は微笑みながらひな乃の頭を優しくなでた。
「少し、話をしよう。お前にかけられた呪いについて」