「いつまで同じ所を掃除しているつもり? グズグズしてんじゃないわよ! お客様が来ちゃうじゃない」

広いお屋敷の階段に鋭い声が響き渡る。
階段の踊り場で雑巾を握りしめて這いつくばっていたひな乃は、そのまま頭を下げた。

「申し訳ありません、茜様。あと少しで終わります」
「こんな簡単な階段掃除も出来ないなんて、本当に愚図ね。あなたにも八久雲の血が流れているなんて、最悪!」

八久雲茜(やくもあかね)――八久雲家当主の娘であり、ひな乃と同い年の能力者だ。
いつもひな乃の姿を見ると怒鳴り散らすから、「茜様の声を聞けばひな乃の居場所が分かる」と他の使用人たちが噂していた。

「もうっ! 掃除はいいから出ていってちょうだい。大切なお客様と鉢合わせでもしたら、八久雲の恥だわ」
「はい。失礼します」

ひな乃は一礼をすると、立ち上がろうとした。
ところが――。

「痛っ」

手に痛みが走った。
ひな乃が下を見ると、茜に手を踏まれている。
おずおずと茜の顔色を窺うと、茜は顔をしかめた。

「なによその目は。反抗的ね。気に入らないわ!」
「申し訳……あっ!」

ドンッ――。

鈍い音とともに、ひな乃は下に突き落とされた。
階段にあちこちぶつけながら下へと転がる。
幸いなことに、数段落ちたところで床に頭がぶつかった。

低い位置で良かった。
もう少し高かったら……。

勝手に溢れてくる涙で視界が歪む。
よろよろとひな乃が上を向くと、その瞬間、頭上に冷たい水が降ってきた。

「きゃあっ!」
「まあ、汚い。あはははは!」

茜の笑い声が響く。
どうやらバケツの水をかけられたようだった。

ひな乃が寒さに身を震わせると、「ドブネズミみたいね」という声が降ってくる。

「汚いわねぇ。あんたのせいで屋敷が汚れちゃったじゃない! もう別の人に掃除させるから、さっさと物置小屋に帰りなさい!」
「し、失礼、します」

ひな乃は言い返すことなく、その場を立ち去ることしか出来なかった。



ひな乃は八久雲家の人間には逆らえない。

天涯孤独の身なのに、置いてもらえるだけでもありがたい。
彼らの鬱憤はもっともで、受け入れるのも仕事の一つなのだ、と心を殺す術を身に着けていた。

こうしないと生きられない。
ひな乃はそれをよく分かっていた。