「はあ? あんた無理矢理連れ出されたいの? 八久雲への恩を忘れたわけ!?」

ひな乃は黙って首を振る。
ひな乃の意思は固かった。

毅然とした態度のひな乃を見た茜は、気味の悪い微笑みを浮かべた。

「仕方ないわねぇ。じゃあ良いことを教えてあげる。月神に仕えるってことは、ヤツガミ様を裏切るってことよ? 知っているでしょ? ヤツガミ様は、裏切り者にとーっても厳しいの。あんたなんかすぐに罰せられるわ! それに、あんたのせいで月神とヤツガミ様が争ってしまうかもね? 神々が争えば、この街はしばらく日が昇らないでしょうね。そしたら皆、あんたを死ぬほど恨むでしょうね」
「そんな!」

自分が原因で争いが起きると言われ、ひな乃の心が揺らぐ。
柊はひな乃にとって恩人なのだ。
迷惑だけはかけたくなかった。

「どうする? 今帰れば、お父様もヤツガミ様も許してくれるかもよ? 月神に迷惑かけたくないんでしょ?」

ひな乃が揺らいでるのが分かったのだろう。
茜は猫撫で声を出した。

「……帰ります」

許されるはずがない。
ニヤニヤと笑っている茜を見ていれば誰でも分かることだ。

けれどもひな乃には帰るという選択肢しかなかった。

――柊様、申し訳ありません。

心の中でそっと詫びると、ひな乃は茜とともに甘味処を後にした。