それに――。

「これは黒蜜だ。気に入ったのだな」
「お前はもっと寝なければ駄目だ。顔色が悪すぎる」
「……なるほど。お前の意見は参考になるな」

柊は常にひな乃と正面から対話をしてくれる。
柊の色々な表情を見ているだけで、ひな乃は幸せだった。


特に試食会の時間が、ひな乃の密やかな楽しみになっていた。
ひな乃が甘味の感想を伝えると、柊の口角が少しばかり上がるのだ。
それが嬉しくて、ひな乃は一口食べるごとに思ったことを全て伝えていた。

夢のような時間――。

まるで随分と前から二人で暮らしていたかのような、ずっと家族だったような、そんな錯覚に陥りそうだった。



「少し出てくる。十五分くらいで戻るが、それまで店番を頼めるか?」
「はい。かしこまりました」

もう夜も遅い。
今日は客も来ないだろう。

そう思ったひな乃は店番を快諾し、カウンターに腰掛けてふぅと息を吐く。

柊から口酸っぱく言われたおかげで、何もない時は休むことも覚えたのだ。

今日の試食会は何かしら。
いつも美味しい物を作ってくださるから、期待してしまうわ。

ひな乃は時計を眺めながら、時が過ぎるのを待った。


胸に手をやると、着物の中でペンダントがカチャリと音を立てる。
八久雲から出るきっかけをくれたこのペンダントを、ひな乃は肌身離さず身につけていた。

柊様は呪いだと言っていたけれど、私にとってはお守りだわ。

そうしてペンダントを撫でていると、ガラガラと扉が開く音がした。

「いらっしゃいませ。……茜、様」

さっと血の気が引くひな乃。
そこには茜が立っていたのだ。