「お前、人並みに食べられるようになったな」

いつものように二人で食事をしている時だった。
ひな乃の食べる姿を眺めていた柊がポツリと呟いたのだ。

「も、申し訳ありません。柊様のお食事が美味しいものですから……」

さすがに食べ過ぎたと頭を下げると、柊は少し怒ったような顔をした。

「なぜ謝る? 骨のような身体だったのが健康になったんだ。喜ばしいことじゃないか」
「……ありがとうございます」

確かにひな乃の身体は相変わらず痩せこけてたが、少しずつ体力がついていた。
以前より頭がまともに動いているのが自分でも分かった。


体力がついたのだから、もっと柊様のお役に立ちたい。

そう思っても、出来ることは限られている。
結局、丁寧に掃除をするのが精一杯。
もどかしい日々を過ごしていた。

「柊様、お料理を教えてくださいませんか? せめて食事の用意をお手伝いしたいのです」

意を決して願い出てみたものの、柊は難しそうな顔をした。

「教えてやりたいのだが……今は忙しい。また今度時間を取ろう」
「分かりました……」

だが柊は何かと忙しくしており、教えてもらう機会は訪れなかった。

どうやら柊には昼の間も別の仕事があるらしい。
ひな乃が眠っている間、いつもどこかへ出かけているようだった。


一体いつ寝ているのか。
夜は甘味処やひな乃の世話をしてくれているのに、昼間も仕事があるなんて、身体が壊れてしまうのではないか。

「お前の気にすることではない。お前はこの甘味処にいればいい」

尋ねてみても柊はそう答えるばかり。
柊の謎は深まるばかりだった。


けれども、ひな乃はそんな柊が好きだった。
八久雲家の人間とは全く違う。
ひな乃を一人の人として扱ってくれるのだから。