銀杏の黄色い葉が美しく散っている。
 朔太郎は真夏が一番好きだ。だから秋が来ると人肌恋しいような、心もとないような気持ちになることがある。
 それでもバイト先のソラアヲの建物の中から色付いたナンキンハゼを見たり、銀杏並木を歩いたりすると、秋もいいものだなと素直に思う。

 人肌恋しいんだからさ。
 また抱き締めてくんないかな。



「あんたさ、受験生だろ。踊ってていいの」
「ダンスも大学受験も。真面目に…」
 ファイブ、シックス…
「やってる」
 セーブン、エイッ。
 朔太郎は部活帰りの佐倉をソラアヲに連れ込んで少しの時間だけ話しながら踊ると元気になる。
「だからちょっとの時間付き合え」と佐倉に最初に頼んだ時は「もともと元気じゃん」と冷ややかに言われてしまった。
 バイト先が親族の運営する法人だから柔軟に休憩時間をもらえるのも有り難くて、朔太郎はここでの週3のアルバイトをもう三年も続けている。


 今日はトップロックとロッキングの練習。
 ドミコの曲がSpotifyで流れている。
 脚を広げて腕をクロス。ワンエン、ツーで右脚を左前、両手を広げて。
 スリーエン、フォーで今度は左脚を右前。朔太郎は軽やかに跳ねる。視線は佐倉にロックオンしたまま次はロッキング。
 佐倉は座ったままソラアヲの広い窓から通りのナンキンハゼの赤い葉を見ていたが、するっと朔太郎と目を合わせた。

「その動き何。俺にケンカ売ってんの」
「こういうステップなんだよ」

 朔太郎はハァッと大きく息を吐いてからダンスを中断した。そろそろ休憩時間を終えないと。 
 秋なのに夏の陽射しの下にいたかのような汗を流して座っている佐倉の側に寄る。佐倉が無愛想な顔のまま、リュックからタオルを出して朔太郎の頭にかぶせた。

「ダンス中に相手を威嚇するような技。殴る真似したり銃を撃つ真似するBボーイもいるけど俺は平和主義だから」
「だから?」
「威嚇する振りして誘惑してんの」
「誰をだよ」
「おまえだよ」

 いや、そう言われるの分かってて今おまえ聴いただろ。

 朔太郎が隠れていた顔からタオルを外して佐倉を見ると、切れ長の目を眩しそうに細めて朔太郎を見ていた。
 あぁこの表情も好きだな、と朔太郎は思う。
 来週ロッキングする時は、抱き締めてってジェスチャーをさり気なく入れてやる。


 ドミコの『噛むほど苦い』が、秋の人恋しい夕暮れ時に、そっと流れ込んできた。
 朔太郎の心は甘く甘く、充たされていたのだけれど。